December 31, 2011

化粧の学際的研究

はじめに
このblogでは,化粧に関する研究成果を中心に発表しています.
また関連して,平松の行った日本(文化)研究の成果の一部を発表しています.




記事の内容は,全て学会誌掲載済み・口頭発表済みのものです.
詳しく知りたい方は各blogの最後に記載しています論文を大学図書館等で,お取り寄せください.




2008年3月14日
佛教大学より『日本の生活文化における化粧』で博士(教育学)を授与されました.
gakui

2007年10月23日
佛教大学より論文「化粧行動許容に関わる公衆場面の構造解明とそれを規定する個人差要因」で,佛教大学学術奨励賞を受賞しました.

2006年6月
社団法人日本繊維製品消費科学会より一連の「化粧行動と化粧意識に関する研究」で社団法人日本繊維製品消費科学会学会奨励賞を受賞しました.



化粧の学際研究とは
従来の学問的枠組みであれば,人文科学は人文科学,社会科学は社会科学として独立していました.
しかしながら,ある対象に対して,種々の観点から総合的な研究を行うためには,学問領域にとらわれず,複合的な研究・共同研究が必要となってきます.化粧研究に関していえば,平松は化粧の「構造研究」と「動態研究」の必要性を感じています.
すなわち,時間の流れにあっても比較的変わらない性格を持ち続けている「心理や行動」,また時系列的な変化を繰り返す「文化・風俗」について,研究をすることです.
この両側面から研究を行うことにより,化粧の全体像を把握することができると考えています.


連絡先
ご質問など,お気軽にお問い合わせください.
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化粧にみる日本文化


化粧にみる日本文化 だれのためによそおうのか
平松 隆円 (著)



男も女も化粧をする
だがその事実は忘れられ,化粧は女性だけのものと考えられている.

なぜ,人は化粧をするのか.
心理と行動,文化と風俗の二つの側面から,わが国の「化粧」文化を捉えなおす初の試み.

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単行本: 320ページ
出版社: 水曜社
ISBN-10: 4880652172
ISBN-13: 978-4880652177
発売日: 2009/9/10
http://www.amazon.co.jp/dp/4880652172/
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連絡先
取材など,お気軽にお問い合わせください.
連絡先2


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書評等掲載記事

20090906 教育情報新聞

2009年9月6日 教育情報新聞

20090910 YUCASEE

2009年9月10日 YUCACEE

20090915 yahooニュース

2009年9月15日 YAHOOニュース

20090915 烏丸経済新聞

2009年9月15日 烏丸経済新聞

20090920 MSN産経新聞書評

2009年9月20日 MSN産経新聞

20090921 生活産業新聞

2009年9月21日 生活産業新聞

20091003 フジサンケイビジネスアイ(本紙)

2009年10月3日 フジサンケイビジネスアイ

20091005 陸奥新報書評

2009年10月5日 陸奥新報

20091008 繊研新聞

2009年10月8日 繊研新聞

20091011 京都新聞書評

2009年10月11日 京都新聞

20091011 山形新聞書評

2009年10月11日 山形新聞

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パブリシティ

化粧講座
2007年1月6日京都新聞
2006年12月に佛教大学で実施した「化粧実習講座」が京都新聞(夕刊)に掲載されました.

2007年1月16日KBSラジオ
KBSラジオ「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」(笑福亭晃瓶・中村薫)内の「都のおしながき」に生出演.化粧の心理学的研究について話しました.


2007年3月10日研究者図鑑
NPO法人KGCの『研究者図鑑』より取材を受けました.

cyuunichishinnbunn
2008年4月18日中日新聞 / 東京新聞
中日新聞 / 東京新聞より,化粧に関する研究で博士号を取得した件で取材を受けました.

2009年2月16日洛西ケーブルビジョン
洛西ケーブルビジョン「知っ得!ここだけ」(こうのきよし・Jan2エリカ)に出演.能楽囃子と西洋管弦楽について,話をしました.

20090725中日新聞
2009年7月25日中日新聞 / 東京新聞
中日新聞 / 東京新聞より,『化粧にみる日本文化』の出版に合わせて取材を受けました.

20091021 京都新聞

2009年10月21日京都新聞
京都新聞より,新しい学問としての化粧研究について取材を受けました.

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著書『化粧にみる日本文化』のメディア掲載情報は,こちら.  
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November 07, 2009

【開催案内】佛教大学教育学部主催教育講演会 「中国の教師と教師の日」

日時 平成21年11月20日(金) 12:50〜14:20
場所 佛教大学常照ホール(図書館5階)
講師 丁東紅(中国共産党中央党校哲学部教授)
通訳 楊奕(関西外国語大学非常勤講師)
協力 日本学術振興会二国間交流事業共同研究「日中教育学対話」共同研究会


日中教育学対話チラシ(3)
今日,日本では,教員の資質・能力の向上が叫ばれ,教員養成をめぐる議論が高まっている.また,教育職員免許法の改正に伴い,教員免許更新制が導入され,すべての教員は10年に一度,30時間の更新講習を受け,その修了認定を受けることで,その先10年間の免許状の効力が確保される.「指導力不足教員」の認定を受けた教員については,この講習を受ける前に「指導改善研修」を義務づけられ,その修了が更新講習受講の前提として課せられることとなっている―もっとも,来年度で廃止されそうであるが―.このような近年の教員養成をめぐる厳しい状況の中で,様々な能力と興味・関心をもつ児童生徒を相手に専門的な教科指導能力並びに「生きる力」を育成できる人間力と人間的魅力を兼ね備えなければならない今後の教員の養成は,重い課題の前に立たされている.

中国においても,事情は変わらない.教員は,高度な専門性を求められるとともに,成長の真只中にある児童生徒をよく知り,彼らとの共同活動のなかで,自らの品性と徳,知恵を最大限に発揮して児童生徒に人間的感化を与えなければならないとされている.ただ中国には,教師への感謝と尊敬の気持を表し,教育を重視する雰囲気をつくるために,「教師節」(教師の日)が設けられている.毎年,新学期が始まり,しばらくした9月10日に,教員に感謝の気持ちを表す様々な催しや優秀な教員の表彰式などが行われる.

そこで,多くの教え子から尊敬され,「教師節」には引っ張りだこで招待される才徳兼備の丁東紅教授から,「中国の教師と教師の日」と題するお話を伺い,日本における「よい教員」の条件とは何かを考える契機にしたいと思い,本講演を企画した.

お問い合せ:
佛教大学教育研究連携推進部地域連携課
京都市北区紫野北花ノ坊町96 TEL:075-491-2141

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講師の略歴
1948年11月23日生まれ.現在,中国共産党中央党校哲学部教授,外国人研修センター所長.中華全国外国哲学史常務理事,中国近代外国哲学学会理事,中国人学学会常務理事,『世界哲学』雑誌編集員.主な著書に,『人之解読―現代西方人本哲学研究』『現代西方哲学評価』『組織行為学概論』『発展哲学論綱』『走向新世界的西方哲学』など.


日本学術振興会二国間交流事業共同研究「日中教育学対話」共同研究会
コアメンバー

山崎高哉  (佛教大学教授,京都大学名誉教授)
増渕幸男  (上智大学教授)
宮寺晃夫  (筑波学院大学教授)
田中圭治郎 (佛教大学教授)
平松隆円  (国際日本文化研究センター機関研究員・講師,京都大学中核機関研究員)
楊奕    (関西外国語大学兼任講師)
増田翼   (佛教大学大学院博士後期課程院生)

労凱声   (首都師範大学教授)
謝維和   (清華大学教授)
石中英   (北京師範大学教授)
樊秀麗   (首都師範大学研究員)
  
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October 10, 2009

【開催案内】日中教育学対話 ―現代中国における教育の現状と課題 ―

日本と中国の教育は,異なるところが多い.

だが,両国の学者が直面する多くの課題には共通する点もある.そのため,さまざまな学術交流を通して互いの思考を啓発することで,それぞれの国の教育課題に対する理解を深め,解決を目指すことができる.

今回のシンポジウムでは,中国の著名な教育学者による「現代中国における教育の現状と課題」の報告から,中国の抱える教育問題について考えると同時に,現代日本が抱える教育問題の解決方法を模索したい.



日時:
平成21年11月21日(土) 開場13:00 開催時間13:30〜16:30

場所:
佛教大学常照ホール

提案者:
労凱声(首都師範大学) 張詩亜(西南大学) 楊昭寧(曲阜師範大学)
孟繁華(首都師範大学) 樊秀麗(北京師範大学)

討論者:
宮寺晃夫(筑波学院大学) 増渕幸男(上智大学) 田中圭治郎(佛教大学)

通訳:
楊奕(関西外国語大学) 吉村澄代(人民日報)

司会:
山崎高哉(佛教大学)


日中教育学対話チラシ(2)


お問い合せ:
佛教大学教育研究連携推進部地域連携課
京都市北区紫野北花ノ坊町96 TEL:075-491-2141

申込み:
不要(入場無料)

主 催:
日中教育学対話共同研究会

後 援:
佛教大学,京都新聞社
佛教大学へのアクセス : JR京都駅より、市バス「206」「205」「101」で「千本北大路」で下車
阪急大宮駅より、市バス「206」「46」「6」で「千本北大路」で下車

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日本学術振興会二国間交流事業共同研究「日中教育学対話」共同研究会
コアメンバー

山崎高哉  (佛教大学教授,京都大学名誉教授)
増渕幸男  (上智大学教授)
宮寺晃夫  (筑波学院大学教授)
田中圭治郎 (佛教大学教授)
平松隆円  (国際日本文化研究センター機関研究員・講師,京都大学中核機関研究員)
楊奕    (関西外国語大学兼任講師)
増田翼   (佛教大学大学院博士後期課程院生)

労凱声   (首都師範大学教授)
謝維和   (清華大学教授)
石中英   (北京師範大学教授)
樊秀麗   (首都師範大学研究員)

日中教育学対話〈1〉教育学研究と教育改革の現状と課題日中教育学対話〈1〉教育学研究と教育改革の現状と課題
販売元:春風社
発売日:2008-09
クチコミを見る
  
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March 26, 2009

POMSを用いたマニキュアによる化粧行動の感情調整作用に関する研究

化粧は,不快感情(ストレス)緩和装置として機能する.

Zillmannによると,人は不快な感情を最小限にし,快の感情を最大限にしようとする.そして,感情の鎮静化やストレスの緩和といった感情の均衡を調整する作用を期待して,様々な行動を行う.そのような行動の1つが,化粧である.

化粧のなかでも,とりわけスキンケアを通じて肌に触れることに,リラクセーションの効果がある.

花輪らは,成人女性を対象に生理的指標を用いて化粧行動のストレス緩和作用を検討した結果,マッサージを含むスキンケアにストレス緩和効果があることを報告している.阿部は,社会生理心理学的立場から女性の化粧の効果について検討し,スキンケアには鎮静的な,メイクアップには意欲の向上につながるような作用があることを見出している.平松は,男女大学生を対象にスキンケアのもたらす感情調整作用について,主観的感情状態の変化を質問紙法により検討した結果,男女とも朝ははずみの,夕はやすらぎの感情をスキンケアによって得ていることを報告している.

一方,顔料を塗抹する化粧であるメイクアップについても,感情調整作用がある.
ポーラ化粧品本舗・ポーラ化成工業は,太田母斑に悩む成人女性を対象に化粧を施した結果,多面的感情尺度の敵意や不安といったネガティブな感情が減少し,快適や親しみといったポジティブな感情が高まったことを報告している.有川らは,アトピー性皮膚炎の女性患者を対象に,化粧の効果を質問紙調査によって検討した結果,活力が増加したことを報告している.豊増・原田は,中高年期女性を対象に化粧の効果を質問紙調査によって検討した結果,緊張―不安,怒り―敵意が減少し,活気が増加したことを報告している.

化粧は,自分自身の手によって行う日常的な行動である.だが,先行研究の多くは,医学的疾患がある女性を対象とし,さらに化粧が日常的な行動であるにもかかわらず,専門家の技術介入を前提としたマッサージやフルメイクアップを用いて検討がされているため,知見が限定的である.そのほかにも課題は残る.

阿部は,肌に触れることでリラクセーションを導くと指摘している.すなわち,顔面への顔料の塗抹である化粧は,その施術において肌に触れることが余儀なくされ,感情調整作用が肌に触れることによるものか,顔料の塗抹によるものかを曖昧にしている.

さらに,化粧のもたらす感情調整作用について,余語は,専門家が化粧を施術する際に,顔に触れたりしながら,被施術者に視覚的・触覚・皮膚感覚的に自己を確認する過程を作り出し,言語的・非言語的相互作用を活発化させることが情動を活性化させると指摘している.したがって,化粧専門家の介入は,感情調整作用が純粋に化粧によるものか,専門家との言語的コミュニケーションによるものかをも,曖昧にする.

そこで本研究は,化粧行動のなかでも専門家の介入を必要とせず肌への接触も少ない,とりわけ簡便なマニキュアを施すことによって,ストレス増減の変化や,感情調整作用にどのような影響があるのかを明らかにすることを目的とした.


【原著】
平松隆円 2009 POMSを用いたマニキュアによる化粧行動の感情調整作用に関する研究,佛教大学教育学部学会,第8巻,pp.107-112


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December 25, 2007

化粧規範に関する研究 ―化粧を施す生活場面とそれを規定する化粧意識と個人差要因―

人は,様々な場面で化粧を行う.だが,それは常に一定の化粧行動ではない.

雑誌などのファッション特集をみてみると,週の始まりはきりりラインメイクで仕事モードに切り替える,結婚式のお呼ばれ美女増しヘア,恋を叶えるスイートメイク,オフィスでは色味を抑え上品な仕上がりに,などの場面によって異なる化粧行動が提案されている.これは,たんなる化粧の流行としての提案ではなく,その場面にふさわしいと考えられる化粧行動の提案である.

人々が,社会的な場面で暗黙のうちに化粧行動を規定する何らかのルール,すなわち,社会や集団において個人が同調することを期待されている行動や判断の基準である「規範」を共有していることを示している.それはいわば,被服において人が服装を選ぶときの基準として「着装規範」があるように,化粧において人がどのような化粧をするかを選択する基準としての「化粧規範」の存在を意味している.

我が国では,中川や被服社会心理学(SPC)研究会などの一連の研究により,着装規範については多くの知見が積み重ねられている.例えば,人々が様々な生活場面で着装する衣服を選択するさいに考慮する基準を,着装基準ととらえ,衣服が生活場面で果たす機能により,各場面にふさわしいと思われる基準に従って衣服を選択して着装していること,日常の生活場面を『フォーマル』『セミフォーマル』『インフォーマル』の3場面に分け,場面に応じて『個性・流行』『実用性』『社会的調和』の3基準を使い分けて着装行動を行っていることが明らかとなっている.

しかしながら,従来,化粧に関する規範研究は行われておらず,関連する研究として日比野らの研究があげられる程度である.
日比野らは,女子大学生364名を対象に,社会的場面でどの程度入念に化粧を施すか調査を行った.その結果,化粧が入念に施される程度が高いのは,異性との対人相互作用が行われる場面や化粧品販売や洋服販売などの対面販売場面であった.しかしながら,同じく対人相互作用場面である高齢者や心身障害者,幼稚園児と接する場面,また同じく対面販売であっても食料品の販売では,化粧の入念度が低くいことが明らかとなった.すなわち,化粧が促進される場面と抑制される場面が存在し,人々は場面によって化粧の施す程度を調整している.

化粧行動を規定する「化粧規範」は,場面はもちろん,行動の対象である他者,性別や個人差要因によって,様々に規定されるであろう.したがって,化粧が施される場面や考慮される基準を構造化し,性別や個人差要因などの関連を分析することによって,化粧規範に関する総合的な検討が必要である.

そこで本研究は,社会的な場面での化粧行動を規定する「化粧規範」の解明に向けて,次の2点について男女の違いを明確にするとの意図のもと,男女を比較しながら検討を行った.

まず第1に,松井らによると,化粧は変身願望,創造的楽しみ,周囲への同調,社会的役割の適合などが目的とされる.平松・牛田が,化粧にどのような意識を若者がもっているのかについて検討を行ったところ,『魅力向上・気分高揚』『必需品・身だしなみ』『効果不安』の3つの化粧意識が明らかとなった.この結果は,若者が自己に向けた対自的な意識だけではなく,他者との関係に向けた対他的な意識により,化粧を行っていることを意味している.したがって,日比野らによって,化粧が入念に施される場面と対人相互作用の高低との関連が指摘されていることから,特に化粧に関する対他的な意識が,化粧を行う場面や程度についても規定していると仮説した.
そこで,様々な生活場面での化粧行動が,どのような意識のもと行われているのかを明らかにするため,化粧を施す生活場面を規定する化粧意識ついて検討した.

次に,これまでの化粧の研究では,個人差要因との関連が検討されている.例えば,男女共通して公的自意識が高い者ほど化粧関心や化粧行動を示すこと,男性では外的他者意識が化粧意識を,女性では公的自意識や外的他者意識が化粧意識を規定することが明らかとなっている.また,着装規範の研究においても,個人差要因との関連が検討されており,公的自意識が着装規範を規定することが指摘されている.そのため,化粧を施す生活場面についても,個人差要因,特に自己や他者の外面への意識である公的自意識や外的他者意識により規定されていると仮説した.

そこで,化粧意識だけではなく個人差要因がどのように,化粧を施す生活場面を規定しているのか検討を行った.



【原著】
平松隆円・牛田好美 2007 化粧規範に関する研究 ―化粧を施す生活場面とそれを規定する化粧意識と個人差要因―,繊維製品消費科学,社団法人日本繊維製品消費科学会,第48巻,12月号,pp.59-68




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November 30, 2007

スキンケアによる感情調整作用に関する研究

近年の様々な研究により,化粧による心理学的な効果の存在が認められつつある.

Parkinson & Totterdellは,不快感情の緩和のために人々がおこなっている日常行動を分類し,化粧を「気分転換行動」のなかの一つ,「リラックスしたり愉快になるための行動」に睡眠や買物などと位置づけている.
浜らは,女子大学生を対象とする情動状態とストレスに関する調査をおこない,ほぼすべての回答者から日常的な気分転換の方略として,化粧に関心があると支持されたことを報告している.

Zillmannによると,人は不快な感情を最小限にし,快の感情を最大限にしようとする.
感情の鎮静化やストレスの緩和といった感情の均衡を調整する作用を期待して,様々な行動をおこなう.
そのような行動の一つが,化粧である.

化粧は大きく分けて,ファンデーションやアイシャドウなどの顔料の塗抹による装飾に関する「メイクアップ」と,洗顔やクレンジングなどによる肌の汚れ除去や化粧水や乳液などによる保湿・栄養付加など,手入れに関する「スキンケア」との二つの行動に分類される.

メイクアップの感情調整作用については,松井,大坊,余語らの研究により一貫して「自信」や「満足感」の上昇が明らかにされている.
すなわち,メイクアップによる自己の外面の不満や欠陥のカバーにともなう外見魅力の上昇などが,自信や満足感を高めていると考えられる.

また阿部は,社会生理心理学的な立場から研究をおこない,スキンケアには「いやし」と呼べるような作用の,メイクアップには「はげみ」と呼べるような作用の存在を示唆し,ストレス反応の緩和に寄与していることを明らかにしている.
そして,スキンケアは私的自意識の高い者にとって,メイクアップは公的自意識と私的自意識の高い者にとって気晴らしとしての積極的な意味をもつことを指摘した.
さらに,阿部は,同じ化粧行動であっても,朝夕によって心理作用が異なることも指摘している.

このようなメイクアップやスキンケアによる感情調整作用について,臨床的な研究もすすんでおり,リハビリメイク®などの化粧療法がおこなわれはじめている.

浅井ら,伊波・浜,浅井・浜は老年性痴呆症の,浜らは精神分裂症の,浜らは神経症の患者を対象として平面化した感情を活性化させるプログラムを提案している.
また,エステティックなどのマッサージを中心とした美容施術について,畑山ら,Yamada et al.,阿部の研究により,リラックスやリフレッシュの効果が期待できることが明らかとなっている.

しかしながら先行研究は,主に高齢の女性や医学的な疾患がある女性を対象としており,対象が限定的である.
また,平松・牛田によって男性の化粧行動と対自的な『魅力向上・気分高揚』の化粧意識との関連が明らかとなっているにもかかわらず,男性を対象とした研究が見当たらないことなどの課題がある.
さらに,化粧は日常的におこなわれる行動であるにもかかわらず,先行研究の多くが専門的な技術を前提としてのメイクアップの感情調整作用に注目している.
そして,実験室で処理・統制をおこない,生理的・心理的な反応を測定する研究方法による条件統制に重きが置かれる社会的文脈から切り離された実験室内での感情測定に止まり,現実の生き生きとした感情を離れた心理的現象を対象としている.

感情は,日常生活の様々な行動により,その現れが特徴づけられている.すなわち,行動は心理的負担であるストレスを高め,また低める.

したがって,本研究では,日常的な感情調整作用に注目し,まず化粧を含めた若者の日常生活行動の心理的負担について検討することで,日常生活における感情調整作用に寄与する行動の分類と,それにおける化粧の位置を明らかにすることを目的とする.
そして,化粧のもたらす感情調整作用について検討し,それらが個人差要因といかに関連しているのかを明らかにする.

しかしながら,平松・牛田や平松などの一連の研究により,多くの化粧行動に男女差のあることが明らかとなっている.しかし,スキンケアは,メイクアップに比べ,相対的に男女差が少ない.
そこで,本研究では男女差の少ないスキンケアに注目し検討をおこなった.



【原著】
平松隆円 2007 スキンケアによる感情調整作用に関する研究,繊維製品消費科学,社団法人日本繊維製品消費科学会,第48巻,11月号,pp.50-57




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November 29, 2007

公衆場面における化粧行動と自己化粧の入念度の関連性

場所を問わない,公衆場面での化粧行動は日常化しつつある.

若者は,様々な公衆場面で化粧を行うことについて,どのように考えているのか.
平松は,その許容の構造を明らかにするとともに,化粧行動や化粧意識とも深く関連する自意識や他者意識といった個人差要因が,化粧行動の許容にいかに影響しているのかについて検討している.

それによると,化粧行動の許容に関わる公衆場面は,行動の内容ではなく場面により構造化され,男女で許容に差のあることが明らかとなっている.
そして,その許容には,自己や他者の外面への注意の向けやすさが影響していることが明らかとなっている.


では,なぜ若者は公衆場面で化粧を行うのか.

例えば,女性の場合,加藤が指摘するように,化粧をする分だけ,男性より身支度に時間がかかる.
それを解消するために,公衆場面で過ごす時間を活用しているだけなのか.確かに,新聞紙上などで,公衆場面,特に電車内での化粧を肯定する意見には,忙しい朝の時間の有効活用というものが多くみられる.

しかしながら,総務省の『平成13年度生活基本調査』の結果によれば,過去の調査と比較可能な15歳以上の行動種類別生活時間の推移において,「身の回りの用事」などの一次活動時間や「余暇活動」などの三次活動時間は増加傾向にあるものの,「通勤・通学」「仕事・学業」などの二次活動時間は減少傾向にあり,必ずしも化粧をする時間の少なさを公衆場面で補っているとは考えにくい.
また男性であっても,駅のホームなどでヘアスタイリングや整眉を行う姿を見かけることもある.

米澤は,文化論の視点から,化粧が着こなしになった結果,見せる顔作りに励み,プロセスとしての化粧行動は,完成し化粧をした顔よりも自己を表現するものとして,身だしなみの域を超えた行動であると指摘している.
すなわち,化粧が粧いとしての意味を超え,化粧をすること自体が趣味となったため,場面に関わらず化粧を行い,他者にそれを見せているのだという.
だとすると,ある公衆場面において化粧をよく行う者ほど,その場面における自己化粧の程度,すなわち入念度は高いという仮説が成り立つだろう.

そこで本研究では,平松の研究をふまえ,若者自身の公衆場面における化粧行動の実態を明らかにし,自己化粧の入念度との関連性を検討した.

そして,これまで化粧行動や化粧意識に関する研究,また化粧行動許容に関わる公衆場面の研究でも,その関連性が検討された自意識や他者意識といった個人差要因との関連性についても検討を行った.



【原著】
平松隆円 2007 公衆場面における化粧行動と自己化粧の入念度の関連性,繊維製品消費科学,社団法人日本繊維製品消費科学会,第48巻,11月号,pp.42-49




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May 28, 2007

国際的・学際的・総合的研究の創造性-国際日本文化研究センター創設20周年に想う-

2007年5月21日.

国際日本文化研究センター(日文研)は,創設20周年を迎えた.

日本文化を研究するためには,関係する個別専門分野ごとの成果が着実に積み重ねられなければならない.と同時に,専門分野の枠組みを越えて,研究者が相互に知見を高めあう場が必要である.

そのため,日文研では,国際的・学際的・総合的な観点から,日本文化に関する研究課題を設け,所属する研究者はもちろん,国内外から参加する様々な分野の研究者により研究が行っている.

日文研の活動は,従来の学問的枠組みとは大きく異なるものである.しかしながら,その理念や研究方法は,自然と人間の歴史的営為が地球規模で複雑に絡み合って生じる21世紀の様々な難問に立ち向かおうとするなかで,先駆的なものである.

実際,各大学においても,専門性の高い研究だけではなく,総合的に考察するという学問が必要とされてきている.総合政策学部や総合人間学部といった学部の設置は,その事情をあらわしている.


国際日本文化研究センター
日文研は,我が国に18設置されている大学共同利用機関のひとつとして,1987年5月21日に創設された.



大学共同利用機関とは,1971年の高エネルギー物理学研究所を第1号に,我が国独自の方式として,国内外の大学研究者が共同で利用でき,各種の高度で大型の研究施設・実験設備又は貴重な学術資料等を保有する,日本が世界に誇れるトップレベルの研究機関である.

大学共同利用機関での研究活動の多くには,予算や研究効率等の面から人材や研究資金等が重点的に投入され,独創的で最先端の研究が行われている.例えばニュースや新聞で耳にする,ハワイにある世界最大の大型望遠鏡「すばる」や南極観測船「しらせ」.

これらは,大学共同利用機関である国立天文台や国立極地研究所の施設である.また,論文検索などに用いるGeNiiも大学共同利用機関である国立情報学研究所が運用している.

日文研は人間文化研究機構を構成する研究機関でもある.人間文化研究機構は,2004年に設立された研究組織であり,国立歴史民俗博物館国文学研究資料館国際日本文化研究センター総合地球環境学研究所および国立民族学博物館という5つの研究機関によって構成されている.

これら諸機関は,学問的伝統の枠を超えて連合し,自然環境をも視野に入れた人間文化の総合的研究拠点を形成し,そこから新しいパラダイムを創出し,研究をすすめている.


研究活動
日文研に所属する研究者の専門分野は,非常に多岐にわたる.

専任教員の専門分野だけでも,社会学,歴史学,民俗学,国文学,中国文学,比較文学,文化交流史,労働経済学,音楽学,造園学,意匠論,情報学,情報通信工学,考古学,環境考古学,イスラーム政治思想史などである.

方法やテクストの異なる専門領域の研究者が,共通の課題のもと研究を行うことは難しい.そのため,様々な専門分野をもつ研究者が,日本文化の総合的な究明をもたらすべく,その方法として研究域・研究軸を設定している.



研究域・研究軸は,個々の研究が日本文化研究総体のなかでどのように位置付けられるかをしめす座標である.これにより,個々の研究は,たがいの位置関係を把握することができるようになる.そして,この座標のなかの空白を新しい研究が次々に充填して行くことで,総合的な日本文化の究明を試みる.

そして,それは個人の研究活動だけではなく,異分野の研究者による共同研究で最も効果的に展開される.そのため,日文研が最も力を入れているのは,共同研究方式の日本文化研究である.関係する個別専門分野ごとの成果の蓄積と合わせて,専門分野の枠組を越えて,研究者が相互に知見を高めあうことで,総体として日本文化理解を促進させることを目標としている.共同研究では,日本と異なる知的伝統にたつ海外の研究者との交流をも重視している.

異文化からの視点は研究に新しい展望と成果を与え,また研究のあり方に,よい意味での相対比をもたらす.さらに,国際化の時代を迎えた今日,日本文化研究もまた国際化をはかることで,時代の要請に応えることができる.

日文研の共同研究は,単なる研究成果の交換にとどまるものではない.専門分野及び知的伝統を異にする研究者が研究過程を共有することによって生みだされる創造性,これこそが,日文研の共同研究が目指すところである.

なお,共同研究会は15の研究課題が設定されており,共同研究以外にも,「文明研究プロジェクト」「伝統文化芸術総合研究プロジェクト」など,多様なテーマを対象に共同研究がされている.


研究協力活動
日文研は,研究活動とならんで研究協力活動を設置目的のひとつに掲げている.

研究協力活動は,海外の日本研究がいっそう活発化するための一種の研究支援活動である.その具体的内容は,海外への日本研究情報の発信と,世界に日本研究者の交流を促進する活動に分けることができる.



日本研究情報の調査と発信では,図書館の蔵書の基本的性格も日文研固有の研究活動と研究協力という観点から構想されている.すなわち,日本研究書の体系的収集,分野を問わない日本研究に必要な資料集・全集・辞書など基本的図書の充実,最新の日本における日本研究の成果の収集,日本で必要な研究資料に効率的にアクセスできるように各種の目録の収集など,その情報を広く海外に発信することも考慮し,蔵書の整備と構築を続けている.



なお,日文研の研究成果は,『日本研究』などの出版物「日文研フォーラム」や「国際研究集会」などの講演会・シンポジウムなど,様々な形で順次国内外に提供している.


大学院教育
我が国初の学部を有しない大学院大学として,総合研究大学院大学がある.

その課程は,博士課程のみであるが,大学共同利用機関を基盤として高度の研究機能を生かし,各研究機関の施設・設備を利用し,また各研究機関の教員により指導が行われている.日文研においても,文化科学研究科国際日本研究専攻の基盤機関として,国内外の諸分野における日本研究の成果をもとに,学際的・国際的視野から新しい日本研究を確立する研究と教育を行っている.全教員の指導による単一の教育・研究指導分野として,「国際日本研究」を設け,国際的な立場から「日本研究」の理論的・方法論的な枠組を明確化する研究指導を行い,高度で視野の広い国際性豊かな研究者の育成に務めている.国際的な視角から日本研究者を育成することを目指し,外国人留学生を積極的に受け入れている.他大学の博士課程の院生に対しては,「特別共同利用研究員」として受入れ,研究指導を行っている.



国際的・学際的・総合的研究の創造性
園田英弘(1994)は,「複雑化した世界を研究するのに,研究者が単純すぎる観点しかもてないとすれば,それは不幸なこと」と指摘した.園田の指摘は極端ではあるものの,しかし,21世紀は,専門志向的あるいは課題追求的研究を出発点としながらも,ひとつの専門だけは対象の深い分析も不可能になりつつあり,また課題追及的研究も専門志向的研究の豊富な理論とデータの蓄積があってはじめて可能となるため,いずれかの方法だけで研究を遂行することは難しい.

このように考えるならば,専門志向的あるいは課題追及的研究が相互補完的に作用すること,大げさにいえば,一人の研究者が社会学者であり国文学者であるという立場となることで,新たな第3の学問的枠組みをもって研究を行うことができる.



梅原猛は,『日本研究』の創刊の言葉で「このセンターは国際的・総合的な共同研究の機関であるが,同時に新しい学問の創造の機関でもある」と述べた.

はたして,国際的・学際的・総合的研究により,新しい学問が創造され,人間文化の新しい研究をすすめることができたか,否か.その答えは,日文研の20年の研究成果が証明していよう.ともあれ,日文研では,今日も領域横断的ともいえる国際的・学際的・総合的な研究方法で,想像を超える創造を目指し,研究を行っている.



【会員便り】
平松隆円 2007 国際的・学際的・総合的研究の創造性-国際日本文化研究センター創設20周年に想う-,繊維製品消費科学,社団法人日本繊維製品消費科学会,第48巻,5月号,pp.69-72  
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March 05, 2007

化粧行動と自己概念

一般的に,社会で個人が行う行動は,その個人の自己に規定される.

自己に関する概念は自己概念(self-concept),それを受け入れることは自己受容(self-acceptance)と呼ばれ,この自己概念は自己の認知的側面(self- perception)と自己の評価的側面(self-evaluation)に大別される(山本・松井・山成,1982).自己の認知的側面とは,「スポーツが得意だ」「社交的だ」などといった側面であり,他方,自己の評価的側面とは,「自分に満足している」「自信がある」などといった側面である.なお,自己受容は自己評価とほぼ同義 (Rogers,1949; Silber & Tippet,1965; 中村・板津,1988) とされている.

我々は,他者との相互作用なかで形成した自己認知をどの程度のものであるか,評価している.その評価は,ある基準における優劣だけが問題になるのではなく,自己にとってそれが満足できるものか否かが重要となる.中村・板津 (1988)によれば,実際の行動が行われるに至るまでの過程として,自己の姿への注目・把握・評価が行われる.すなわち,我々は他者との社会的相互作用を通じ,自己の特徴を概念化し,それを評価する.そして,その評価を維持・低下させないよう自己の姿を操作するのである.化粧は,その操作方法としての一例である.

化粧とは何か.

一般的に我々がイメージする化粧とは,化粧水や乳液の使用といった肌の手入れの「スキンケア」や,ファンデーションやアイシャドウの使用といった色彩的な「メイクアップ」などであろう.化粧行動を,文化人類学などを参考に考えたとき,大きく次の三つに分類される(村澤,2001).まず第一に,「身体変工」である.これには,髪を切る,髪を抜く,髪を縮らせる,髪形を整える,歯を抜く,歯を削る,爪を切る,胸を大きくする,腰を細くする,足を変形させる纏足などが含まれる.次に,「色調生成」である.これには,皮膚に色を入れる入墨,皮膚を傷つける創痕などが含まれる.そして,「塗彩」である.これには,メイクアップ,ネイルメイク,ボディーペイントなどが含まれる.しかしながら,この三つに,さらに「身体維持」を加えてもよかろう.すなわち,歯を磨く,顔や髪を洗う,肌に水分や油分を補うといった肌の手入れである.

では,なぜ人は化粧を行うのであろう.大坊(2001)によれば,歴史的に医療行為の一環として,また魔除けなど宗教的行為の意味で行われており,心身の健康を図る目的があったという.また,性の強調や所属集団の認証の意味として行われているという.

このような化粧行動は,次のような要素により成っている.飽戸(1982)によれば,化粧行動には「対自的機能」と「対他的機能」がある.対自的機能とは,化粧の行為者自身の効果をめぐる化粧の機能のことであり,自己満足因子や気分因子などである.そして対他的機能とは,同性・異性に関わらず他者や社会を意識することによって生じる化粧の機能のことであり,個性化因子,美化欲求因子,身だしなみ因子などである.つまり,「化粧をすることが楽しい」「気分がよくなる」という化粧行動の主体的な楽しみとしての側面と,「男性からも女性からもきれいだと思われたい」という他者からの目を意識しての自己管理の側面を示唆している.松井・山本・岩男(1983)もまた,化粧の動機として「肌の色などの欠点カバー」「肌を守るため」「人に良い印象を与えたい」などの自己補完と他者への印象管理という対自的・対他的な動機を明らかにしている.そして,平松・牛田(2003a,2004)は,男女とも自己の化粧関心が高い者ほど実際の化粧を一層行い,男性では『魅力向上・気分高揚』の意識が,女性では『魅力向上・気分高揚』『必需品・身だしなみ』『効果不安』の意識が化粧行動と関連することが明らかにしている.


さて,自己と化粧行動の関連性については,これまで主に自意識や性役割や社会的スキルといった個人差要因(性格特性)との関連が検討されている.それらの結果を要約すると,化粧行動には男女共通して公的自意識が,性役割について男性は男性性が,女性は女性性が高い者ほど化粧関心や行動を示すこと(平松・牛田,2003b),社会的スキルの高い者ほど男女とも化粧をよく行うこと(平松,2005)などが明らかにされている.

しかしながら,自己評価の高い者は化粧をよく行う(鍋田,2004)といった指摘があるものの,自己評価と化粧行動との関連を裏付ける調査研究はほとんどない.女性のみを対象としているが,自己評価の高い者は自己評価の低い者に比べメイクアップ化粧品と基礎化粧品のどちらもより多く使用している(山中,2002)といった先行研究があるのみである.

化粧行動と隣接する被服行動については,被服に関する心理学的研究が行われるようになった頃から,積極的に自己認知や自己評価といった自己概念との関連について研究が行われている(藤原,2001).例えば,Reeder & Drake(1980)はスポーツ選手を対象に,自己評価の高い者ほど目立つ着装をすることを明らかにし,藤原(1982)は女子学生を対象に,自尊心の高い者は個性を強調するような被服行動を,自尊心の低い者は社会的受容や慎み深さを重視した被服行動をとることを明らかにしている(藤原,1986).

被服行動の先行研究から,化粧行動についても自己概念との有意な関連性のあることが仮説として推測される.また女性だけではなく男性についても,女性を対象とする化粧行動の先行研究から,男性についても自己評価の高い者ほど化粧行動を一層行うとことが仮説として推測される.しかしながら,その検討にはたんに化粧を行う者の自己概念を測定し,化粧行動との関連を検討すればよいというわけではない.中村・板津 (1988)の指摘によれば,まず,いかに自己の特徴を概念化し認知しているのか,またそれをどの程度評価しているのかを検討する必要があり,そして,その評価を維持・低下させないように,どのような化粧行動を行っているのか階層的に検討する必要があるからである.

自己認知と自己評価の関係について,沢崎(1984)は適切な自己評価が行われるためには正確な自己認知が必要であり,両者は相互依存的な関係であると指摘する.もちろん,我々は自己について一つの側面だけを認知しているわけではない.Fromm(1947)は,地位や名誉,経済力や運動能力,学校の成績や友人関係など様々な要素の卓越さを他人に認められ,また自分自身も肯定的に認知することで精神的な安定,すなわち自己評価を高めようとしていると指摘している.そのため,自己認知については多面的に検討する必要がある.

そのため本研究は,社会的機能に関して学問的関心が高まっている化粧行動を主なテーマに,当該行動と自己に関連する心理学的要因である自己概念との関連性を明らかにすることを目的に,まず大学生を対象として彼らの自己概念の構造を自己について多面的にとらえているHarter(1985)のSelf-Perception Profile for Childrenを用いて検討し,次に自己評価が彼らの化粧行動といかに関連しているかについて検討する.



【原著】
平松隆円・姜鶯燕 2007 当代日本大学生的化妆行动和自我概念的关联性,佛教大学大学院紀要,佛教大学,第35巻,pp.115-126




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November 27, 2006

化粧行動許容に関わる公衆場面の構造解明とそれを規定する個人差要因

電車内や駅ホームで化粧を行う女性たちが話題になって久しい.否,今日では男性たちにおいてさえ,それをみることができる.




なぜ,彼らは公衆場面で化粧を行うのか.
菅原は,電車内での化粧行動の特徴に「若さへのこだわり」「流行への関心の強さ」「親子関係への不満感」という3点をあげ,この特徴から「同年齢集団への強い依存性」に注目し,同じ価値観を共有する仲間との人間関係が濃厚になるほど,他の人間関係が希薄化し,生きる世界が限定されているため,恥を意識する世界も狭められているとし,電車内での化粧といった行動は,個々に特別な理由や動機があるわけではなく,公共場面に居合わせる他の人々の存在を,気にしていないという共通の背景から生まれていると指摘した.
澤口は,電車内での化粧行動を恥や迷惑だと考えないことについて,脳科学のアプローチから教育やしつけの不十分さに起因する,脳の前頭連合野の未熟による感情的知性の未発達ゆえの感受性・感情表現の鈍化という脳機能障害の一種であると指摘した.
米澤は,場所を問わず衆人環視のもとで化粧行動が日常的になりつつある現象は,化粧が覆い隠したり補正したりするのではなく,モード化し,着こなしになった結果であるとして,電車内で化粧をする女性が増えたのは,化粧への考え方が大きく変わったため,自らをフィギュアのような容姿に作りこむコスメフリークの90年代の日本が生み出した文化現象であると指摘した.



このような指摘がなされるなか,電車内や駅などでの化粧行動に関する調査が行われた.ベネッセは,高校生を対象に調査を行い,15.8%の者が電車内や街で化粧をすることを「絶対やめて欲しい」と回答したのに対して,50.4%の者が「特にかまわない」と回答したことを報告した.この数値は,学年が上がるにつれ増加傾向を示しており,男女別では,「絶対もしくは,できればやめて欲しい」と回答した者は,男性では41.3%,女性では56.2%と,男性の方が許容している.
また中央調査報は,全国20歳以上の男女約1400人を対象に調査を行い,全体では66.0%が電車内の化粧を「気になる」と回答し,属性別では男性は58.2%が,女性は73.2%が,電車通勤・通学者は71.8%が,非電車通勤・通学者は65.0%が「気になる」と回答したことを報告した.
内田・小林は,公共の場で化粧をする者は,自分より他者に寛容であることを報告した.

これまでの化粧行動の許容に関する研究では,主に電車内や駅を対象としており,多様な公衆場面を対象としての,化粧行動の許容の構造を明らかにした研究はほとんどない.また,これまでの若者を対象とした化粧研究では,化粧行動には男女共通して公的自意識が,化粧意識には男性は外的他者意識が,女性は公的自意識や外的他者意識が関連することが明らかにされており,公衆場面での化粧の行動の許容と,これら個人差要因についても有意な関連性が仮説として考えられが,これを裏付ける先行研究も見当たらない.

そこで,本研究では,まず若者が様々な公衆場面での化粧行動についてどのように考えているのか,その許容の構造を明らかにするとともに,化粧行動や化粧意識に関連する自意識や他者意識といった個人差要因が,化粧行動の許容にいかに影響しているのかを明らかにすることを目的として調査を行った.



【資料】
平松隆円 2006 化粧行動許容に関わる公衆場面の構造解明とそれを規定する個人差要因,繊維製品消費科学,社団法人日本繊維製品消費科学会,第47巻,11月号,pp.12-21




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November 01, 2005

化粧行動の文化化と化粧意識の社会化の一過程としての人物・メディア

日常の行動は,世代から世代へと社会的・文化的に伝達される.

その伝達過程は,一般的に社会生活における役割や地位,規範などの習得を「社会化」,社会固有の行動様式の習得を「文化化」と呼ばれる.
そして化粧行動や化粧意識もまた,社会的マナーの一要因として,社会や他者からの期待のうちに,個人が意識するとしないとに関わらず,日常生活の多様な場面を通して,社会に固有の様式として化粧行動は文化化され,化粧意識は社会化される.

女性を対象にした化粧に熱中する理由に関する調査によれば,「化粧品の手ごたえが病みつきになって」「雑誌の美容情報に影響されて」「好きな人ができて」「母親からの影響」などの回答が上位にあげられている.
すなわち,男女とも自らの化粧関心の高まりにより,実際の化粧行動を行っていることから,化粧に対する直接的な興味や関心が化粧行動に影響していると推察される.

また,「雑誌の美容情報に影響されて」「母親からの影響」という回答から,雑誌や家族が個人の化粧への興味や関心を高め,間接的に化粧行動に影響しているとも推察される.

リビング生活研究所による化粧情報を何から得ているかという調査では,その回答の上位項目が「雑誌」「TV」「友人・家族」「店頭」「カタログ」「店員」であることが明らかにされている.
すなわち,人々は化粧情報を必ずしも専門誌や専門家だけではなく,日常的に関わる雑誌,TV,家族,友人などからも収集し,参考にしていると推察される.

大坊は,化粧への積極的関心の高い者はポップ音楽番組やクイズ番組をみず,トレンディドラマやニュース番組をみるということを明らかにし,化粧行動とマスコミ接触との関連を明らかにしている.
すなわち,化粧行動は周囲の対人関係やマスコミといったメディアとの接触の量や多様性などにより,化粧への関心や興味などが左右され,実際の化粧行動が規定されていると推察される.

しかしながら,今日の男性化粧の増加について,美容産業が市場拡大を目的に女性だけではなく男性をもターゲットにし始めたことに起因する企業によるメディア戦略の影響が指摘されているにもかかわらず,男性の化粧行動とメディア接触との関連性の検討はほとんど見当たらない.

また,化粧の低年齢化についても「ピチレモン(学研)」「小学六年生(小学館)」といった漫画誌や学習誌などが提供する美容・ファッション情報の影響,「モーニング娘。」などに代表されるジュニア・アイドルやDCブランドでおしゃれを吸収した世代である母親といった人物の影響が相乗しているとする指摘があるのにもかかわらず,化粧行動と人物接触との関連性の検討もほとんど見当たらない.

また,この人物やメディアとの接触の影響は,化粧行動だけではなく,化粧意識についても同様にあてはまると推察される.

笹山・永松は,化粧意識として「必需品としての化粧」「身だしなみとしての化粧」「他者に見せるための化粧」の3因子を明らかにし,いくつかの要因との関連性を検討している.その中の一つとして,母親との接触と「身だしなみとしての化粧」意識の関連性を明らかにしている.
すなわち,特に普段から化粧をよく行っている母親を持つ者は,母親が化粧をしている姿をいつも見ているために,女性として化粧をすることを最低限のルールであるような意識が自然と身につくと指摘している.

このように,少ないながらも化粧意識と人物接触についての関連を認める知見がありながら,従来,化粧意識については,化粧行動と人物やメディアとの接触に関する検討ほどに研究は行われてこなかった.

そこで本研究では,男女大学生を対象として,彼らの人物,TV番組,新聞記事,雑誌種別といった人物・メディア接触が化粧行動や化粧意識にいかに影響を与えているかを検討した.



【原著】
平松隆円 2005 化粧に関する研究(第5報)―化粧行動の文化化と化粧意識の社会化の一過程としての人物・メディア接触の検討―,繊維製品消費科学,社団法人日本繊維製品消費科学会,第46巻,11月号,pp.41-54




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November 02, 2004

大学生の化粧意識を規定する個人差要因

我々は,化粧に対して様々な目的や意識を持ち行動を行っている.

笹山・永松は,女性の化粧意識として,「必需品としての化粧」「身だしなみとしての化粧」「他人に見せるための化粧」の3因子を明らかにしたうえで,個人差要因との関連を検討している.
その結果,「必需品としての化粧」は自尊心や女性性の受容と正の,「身だしなみとしての化粧」は社会的外向性と正の,「他人に見せるための化粧」は男性性の受容と負の関連を示すことが明らかとなった.

また,化粧行動と個人差要因との関連についての先行研究(大坊,松井,平松・牛田など)では,社会的スキルや自意識や性役割などが検討され,対人関係が円滑な者ほど化粧をよく行い,自意識に伴う外向性と内向性により化粧行動の程度が相違し,男性は男性性,女性は女性性が化粧関心や化粧行動に影響することが明らかにされている.
すなわち,個人差要因が化粧への意識や態度に影響を与え,さらにそれらが化粧行動に影響を及ぼすことが推測される.

そこで,男女大学生の化粧意識が社会的スキル,性役割,自意識,他者意識といった個人差要因によっていかに異なるかを検討した.



【原著】
平松隆円・牛田聡子 2004 化粧に関する研究 (第4報) -大学生の化粧意識とそれを規定する個人差要因-,繊維製品消費科学,社団法人日本繊維製品消費科学会,第45巻,11月号,pp.63-70




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November 01, 2004

大学生の化粧意識の構造解明と化粧行動との関連性

歴史的に化粧は,医療行為,宗教儀礼,性の強調,所属集団の認証として始まったとされる.

つまり,化粧には心身の健康を図る目的や自己表示などの意味があったと考えられる.では,今日における化粧にはどのような意味があるのか.

松井らは,化粧が変身願望,心身の充足,ストレス解消,創造的楽しみなどの対自的な「化粧行為自体の満足感」や外見的欠陥の補償,周囲への同調,期待への対応,社会的役割の適合などの対他的な「対人的効用」という2つの意味により行われるとしている.さらに笹山・永松は,化粧に対する意識を分析し,化粧は自分にとって必需品であるといった「必需品としての化粧」,改まった席にでるときはきちんとした化粧をしないとおかしいといった「身だしなみとしての化粧」,他人に見劣りしたくないといった「他人に見せるための化粧」という3因子を明らかにしている.このことから,化粧には自己の改善維持機能や対人相互作用促進だけでなく,必需品や身だしなみという習慣としての意味もあると考えられる.

しかしながらこれらの研究は女性の化粧意識に対する知見であり,近年,化粧を行う男性や化粧を行わない女性が増えているなかで,男性の化粧意識と化粧行動との関連に関する研究は見当たらない.

そこで,男女大学生がどのような意識を持って実際の化粧行動を行っているかを明らかにするため,男女大学生を対象に彼らの化粧意識の構造を解明し,それらが実際の化粧行動といかに関連するかについて検討を行う.



【原著】
平松隆円・牛田聡子 2004 化粧に関する研究 (第3報) -大学生の化粧意識の構造解明と化粧行動との関連性-,繊維製品消費科学,社団法人日本繊維製品消費科学会,第45巻,11月号,pp.53-62



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November 02, 2003

大学生の化粧関心・化粧行動・異性への化粧期待を規定する個人差要因

最近,若い男性の化粧への関心が高まり,実際に女性と変わらない日常的な身体や顔への手入れをおこなう,男性が増加しているという.
その一方で,化粧をしない女性も増えているという.

我々の性は,大きく分けて生物学的性(男性・女性)と社会的性(男性性・女性性)とに大別される.
そして,この2つは必ずしも一致しない.生物学的性は、生まれた瞬間から決定されるが、社会的性は、社会生活のなかから社会的・文化的に期待される性に合致する役割であり、女性もしくは男性はどのようにふるまうべきかを学ぶことで形成される。伝統的には,女性は家庭生活に関連した技能が期待され,男性は運動能力,知的能力に関連した技能が期待される.
しかしながら,この男らしさに由来する男性性や女らしさに由来する女性性は対極にあるものではなく,男性でも女性でも,男性性と女性性の両方が高いもの(両性的),男性性が高く女性性が低いもの(男性的),女性性が高く男性性が低いもの(女性的),男性性と女性性の両方が低いもの(未分化)などのタイプが存在すると考えられる.

これまでの社会では,化粧をおこなうのは主に女性たちであった.そこには,化粧が女性の身だしなみの1つとして社会的に要求されてきた背景があった.

Cash et al.は,化粧の利用度と性役割との関係について、女性性が高い人ほど化粧をよく利用すると報告している.

また小林は,男子大学生を対象とした性役割と被服の着装態度との関連性について研究している.
その結果,女性的および両性的男性は男性的男性に比べファッションや外見に高い関心を示すと指摘される.
すなわち,性役割において女性性もしくは両性性の高いものはファッションや外見に関心があり,男性性の高いものはあまり関心を示さない.その一因としては、伝統的性役割のなかで男性が化粧や衣服に関心を持つことが「男らしくない」と、敬遠されてきたことに由来していると推測できる。そのため,男性性が低い,もしくは性役割に対して両性的,未分化のものは化粧行動を比較的導入し易いといえるのではないか.

また,これまでの研究から,他者と自己に起因してなされる化粧行動には自意識が大きく関係するとされている.自己に対する意識には、2つの側面がある.
1つは,顔や身体,服装や化粧など他者から容易にみることが可能な自己の身体や行動に関する意識であり「公的自意識」とよばれる.
他方は,感情や身体感覚,思考など主観に由来する意識であり「私的自意識」とよばれる.公的自意識の高い人は,自己の身体的外見が他者からいかにみられているかということに高い関心を示し,私的自意識の高い人は,あまり他者からの目に対して関心を持たず,内省的である.Cash & Cashは,公的自意識の高い女性ほど化粧をよく利用すると報告し,Miller & Coxも,公的自意識の高い女性ほど化粧の利用度や程度が高いことを指摘した.
すなわち,公的自意識の高いものほど化粧行動をとりやすいという傾向を見出している.

また松井は,公的自意識と化粧利用の程度とのあいだに必ずしもこのような単純な関係があると言い切れるわけではないと指摘しながらも,自意識にともなう外向性と内向性によって化粧行動が相違するかという研究において,外向性の高い女性ほどメイクアップ化粧品利用率が高く,内向性の高い女性ほど基礎化粧品利用率が高いということを示唆した.
すなわち,他者とのかかわりが高く他者からの視線に多く触れる機会のある公的自意識の高い人物ほど,他者の目を意識したメイクアップ化粧をおこない,自己中心的で他者の目をあまり気にせず内省的な私的自意識の強いものほど,自己のための基礎化粧もしくは化粧自体をおこなわない傾向にあるというのである.

本研究では,化粧行動が自意識や性役割といった個人差要因によっていかに規定されるかを検討した.



【原著】
平松隆円・牛田聡子 2003 化粧に関する研究 (第2報)-大学生の化粧関心・化粧行動・異性への化粧期待と個人差要因-,繊維製品消費科学,社団法人日本繊維製品消費科学会,第44巻,11月号,pp.69-75




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November 01, 2003

大学生の化粧関心・化粧行動・異性への化粧期待の構造

今日,化粧は女性だけではなく男性たちも採用しはじめている.

従来から存在していた,ポマードやシェイビングローションだけでなく,ファンデーションやリップクリームなどを利用する若者が増えている.
コンビニやドラッグストアなどには男性用化粧品の専門コーナーができ,その種類は以前とは比べものにならないほど増加している.また雑誌では,男性向けファッション誌だけでなく一般誌までもが,衣服の特集だけでなく,ヘアスタイルや眉の手入れなど女性誌以上に化粧に関する特集を組んでいる.

男性たちが化粧を採用する起因には,いくつかの仮説が立てられる.例えば「女性からの化粧期待にともなう採用」,「被服のクロス・セックス化のように,化粧を女性ものと認識したうえで,自分らしさの演出のために採用」,「男性用化粧品などの登場により,化粧に対する関心が高まり採用」などである.

しかしながら,これまでの化粧行動に関する研究は,女性を中心になされており,男性の化粧行動の研究については極めて少ないため,先行研究からの仮説の立証は難しい.
クロス・セックスに関しても,土肥らが被服行動において検討しているが,化粧行動に関するものはほとんどない.

化粧行動について,飽戸はその起因に関する研究から,「対自的機能」と「対他的機能」を抽出した.
対自的機能とは,化粧の行為者自身の効果をめぐる化粧の機能のことであり,自己満足因子や気分因子などである.そして対他的機能とは,同性・異性に関わらず他者や社会を意識することによって生じる化粧の機能のことであり,個性化因子,美化欲求因子,身だしなみ因子などである.
つまり,「化粧をすることが楽しい」,「気分がよくなる」という化粧行動の主体的な楽しみとしての側面と,「男性からも女性からもきれいだと思われたい」という他者からの目を意識しての自己管理の側面を示唆する.

また,松井らの研究においては,化粧の動機として「人に良い印象を与えたい」「肌の色などの欠点カバー」「肌を守るため」などをあげ,化粧の役割を他者への印象管理と自己補完としている.

さらに大坊らは,化粧の関心・態度の構造の研究から,「メイクアップ重視・実践」と「化粧・美容への関心」の2つの因子を独立して抽出し,化粧の関心と実際の行動が別次元であることを示唆している.

本研究では,これら女性の化粧に関する先行研究の結果を参考に,大学生を対象として化粧関心,化粧行動,異性への化粧期待の調査をおこない,男女を比較検討しそれぞれの構造とそれらの関連を明らかにすることを目的とする.



【原著】
平松隆円・牛田聡子 2003 化粧に関する研究 (第1報)-大学生の化粧関心・化粧行動・異性への化粧期待の構造解明-,繊維製品消費科学,社団法人日本繊維製品消費科学会,第44巻,11月号,pp.58-68





【参考】



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January 06, 2001

現代における女装行動に関する文化心理的考察

社会学,心理学,文化史学など.女装(この場合,広義で男性が女性物の衣服を着ること)に関する研究は,多い.しかし,ほとんどの場合,「服装倒錯」「変身願望」「女性化志向」「衣服における性差のあいまい化」などを,指摘するにとどまる.それは,女装をおこなう者の声をもとにしているのではなく,男らしい男性なら,男らしい衣服を着るということが無意識的に前提として研究がすすめられている.



一般的には,服装において形態上の男女差があらわれたのは,最もはやいヨーロッパでも中世以後とされている.それ以前は,男女とも基本的には筒状の服を着ていた.日本においても同様である.日本の衣服(着物)の場合,そこには男女差はない.着物の合わせは男女で同じ.むろん,柄による違いはあるが.服装における男女差が広がったのは,産業社会化がすすみ,社会的なレベルでの男女の役割分担が浸透することにより,男性はシンプルで地味な,女性は形も色も華やかという方向に向かっていったからだ.つまり,どのような服を着るかということは,社会や文化と無関係ではいられない.

にもかかわらず,これまで社会や文化といった外的側面から,また個人の性格特性といった内的側面から総合的におこなわれた研究は,ほとんどない.

本論では,現代における女装行動として,「ギャル男」をあつかう.彼らはなぜ,女の子たちと全く同じファッションをおこなったのか.「ギャル男」を報道したメディアや「ギャル男」の生の声を中心とする言説分析に加え,社会心理的研究の結果を加味することで,現代における女装行動の意味を文化心理的に考えてみたい.


性欲の文化史2
編者: 井上章一
平松隆円 「ギャル男」のいる光景


【原著】
平松隆円 2008 現代における女装行動に関する文化心理的考察,佛教大学教育学部学会紀要,佛教大学教育学部学会,第7巻,pp.211-223




  
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January 05, 2001

SPPCモデルによる大学生の自己概念の検討

我々は,社会を通して自己に関する知識を蓄積し,自己の能力,行動,性格などを評価し自己の存在を受け入れている.

一般的に,自己に関する概念は自己概念(self-concept),それを受け入れることは自己受容(self-acceptance)と呼ばれる.この自己概念は,自己認知 (self- perception)と自己評価 (self-evaluation)に大別される(山本・松井・山成 1982).自己認知とは,「スポーツが得意だ」「社交的だ」などといった様々な要素から構成される自己の認知的側面であり,他方,自己評価とは,「自分に満足している」「自信がある」などといった自己に対する評価的側面である.なお,自己受容は自己評価とほぼ同義とされている(Rogers 1949,Silber 1965,中村・板津 1988).

人は,他者との相互作用なかで形成した自己認知をどの程度のものであるか,評価している.評価は,ある基準における優劣だけが問題になるのではなく,自己にとってそれが満足できるものか否かが重要となる.

さて,自己認知と自己評価の関係について,沢崎(1984)は適切な自己評価が行われるためには正確な自己認知が必要であり,両者は相互依存的な関係であると指摘する.白波瀬(2004)は醜形恐怖症,自傷,摂食障害などの多くは,極端に低くまたは不適切に自己の外貌を認知することにより,自己評価が低くなり自己を受け入れることができず精神病理として発症していると指摘する.

これらの指摘は,自分自身をどのように受け入れ,また安定した自己像が形成されているかについては,自己の適切な認知が重要であるという知見を提供する.もちろん,我々は自己について一つの側面だけを認知しているわけではない.Fromm(1947)は,地位や名誉,経済力や運動能力,学校の成績や友人関係など様々な要素の卓越さを他人に認められ,また自分自身も肯定的に認知することで精神的な安定,すなわち自己評価を高めると指摘する.そのため,自己評価を高める要因としての自己認知については,可能な限り多面的にとらえる必要がある.


本研究の目的は,自己について多面的にとらえているHarter(1985)のSelf-Perception Profile for Children(以下SPPC)モデルにより,大学生の自己概念の構造について検討を行うことである.

SPPCとは,Scholastic Competence(学業能力),Social Acceptance(友人関係),Athletic Competence(運動能力),Physical Appearance(容姿),Behavioral Conduct(品行)という5つの下位尺度からなる自己認知に関する30の質問項目と,Global Self-Worth(全体的自己価値)という1次元の自己評価に関する6の質問項目から構成されている.なお,全体的自己価値とは他の自己認知的側面とは独立して存在するとされ,ありのままの自己を抑圧・歪曲なしに受け入れることとであり,自己評価を意味している(Harter 1985).これまで,日本においてSPPCを用いた研究は,児童を対象としてものにいくつかある.

桜井(1983)は,SPPCのもととなった,Cognitive(学習),Social(友人),Physical(運動),General Self-worth(全体的自己価値)の4つの下位尺度を構成する28項目からなるPerceived Competence Scale for Children(Harter 1979,以下PCSC)の日本語版を作成し,検討している.その結果,原尺度と共通性の高い日本語版が作成され,学習と全体的自己価値の年齢の上昇にともなう単調減少傾向と,運動と全体的自己価値の男女差を明らかにしている.

藤崎・高田(1992)は,小学生にはSPPCを,成人にはSociability(対人関係),Job Competence(仕事),Nurturance(養育),Athletic Abilities(運動),Physical Appearance(容姿),Adequate Provider(供給),Morality(道徳),Household Management(家事),Intimate Relationships(親密な関係),Intelligence(知的能力),Sense of Humor(ユーモア),Global Self-Worth(全体的自己価値)の12の下位尺度を構成する50の質問項目からなるAdult Self-Perception Profile(Messer and Harter 1986,以下ASPP)を,中学生や高校生や大学生にはASPPのうち対人関係,運動,容姿,道徳,親密な関係,知的能力,全体的自己価値の7つの下位尺度を用いて横断的に発達的変化を検討している.その結果,小学生では全体的自己価値と友人関係,中学生では全体的自己価値と容姿,成人では全体的自己価値と仕事が1つの因子として抽出され,発達段階により全体的自己価値に強く影響している下位尺度が異なることを明らかにしている.また,年齢の上昇により 友人関係,対人関係,親密な関係といった人物との関わりを重要と考え,小学生では友人関係や運動能力,中学生以上では知的能力,運動,容姿,全体的自己価値について男性は女性に比べ有意に高いことを明らかにしている.

前田(1998,1999)は,SPPCの日本語版を作成し,それを絵画式に改訂したうえで健康状態の異なる児童で検討した結果,健康上慢性状態にある児童群は対照健康児童群に比べ運動が否定的ではあったものの,その他については有意差がないことなどを明らかにしている.

眞榮城(2000)は,SPPCの日本語版を作成し,児童期にいる者の自己概念を検討しているが,小学3年生から6年生と中学1・2年生に有意な差があり,自己認知や自己評価が中学1・2年生頃から低下することを明らかしている.

このように,SPPCは日本において既にいくつかの日本語版が作成され,日本人に適用可能であることが証明されている.そのため,本研究においても,大学生の自己概念を検討するうえ有効であると考えSPPCを用いた.Harterは,青年期を対象とするSelf-Perception Profile for Adolescents (以下SPPA) や青年後期を対象とするSelf-Perception Profile for College Students(以下SPPCS)など幼児から成人まで5種類の尺度を作成している.

本来,大学生の自己概念を検討するならば,SPPAもしくはSPPCSを用いるべきであるが, Harterの各尺度に共通して存在する基本的な自己概念の因子によって構成されているSPPCを用いて検討を行うことで,大学生の基本的な自己概念構造を明らかにしやすく,また様々な発達段階での横断的な比較検討が可能であると考え,本研究ではSPPCを用いた.

さらに,これまで,日本において作成されている自己概念に関する多くの尺度は,当然のことながら日本人のみを対象としており,他国において比較検討された例をみることはほとんどない.しかしながら,SPPCは,スコットランド(Hoare et al 1993),オランダ(Van Dongen-Melman et al 1993),アラブ首長国連邦(Eapen et al 2000),フランス(Worth-Gavin and Herry 1996)をはじめとする様々な国において,翻訳・比較研究が行われているため.SPPCを用いることで今後,自己概念についての国際的な比較検討が可能であると考えられる.



【原著】
平松隆円 2008 SPPCモデルによる大学生の自己概念の検討,佛教大学大学院紀要,佛教大学,第35巻,pp.77-89




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January 04, 2001

一柳満喜子の生涯に関する一考察


一柳満喜子(以下,満喜子)は,明治,大正,昭和を生きたクリスチャンであり,教育者である.特に,幼児のために,多くの実践をおこなった.満喜子によって設立された学校は,今日も保育所,幼稚園,小学校,中学校,高等学校までも有する近江兄弟社学園として存続している.
満喜子による教育事業について,夫の一柳米来留(William Merrell Vories:以下,メレル)は次のように語る.

教育事業は,満喜子の創意にかかるものであった.満喜子は新しい方法を紹介し,生徒ばかりではなく,教師も訓練の対象としている

メレルは,1905年に滋賀県立商業学校(現在の滋賀県立八幡商業高等学校)の英語教師として来日して以降,彼とその教え子である吉田悦蔵,村田幸一郎とともに近江ミッション(現在の近江兄弟社:以下,近江兄弟社)を設立し,建築家,伝道家,実業家として活躍した.その近江兄弟社での教育事業の中心を担っていたのは,メレルではなく満喜子であった.


しかしながら,これまでメレルに関する研究は数多く行われてきたものの,満喜子についての研究はほとんどない.

満喜子は,自らすすんでものを書くということをせず,依頼による講演や執筆が多く,満喜子を知る史料はほとんど残っていない.断片的ではあるものの,学校通信などの満喜子による文章の一部が1959年と1972年に文集としてまとめられているが,多くが未整理あるいは行方不明となっている.

また,華族出身でありながら,満喜子に関する公文書の一切が宮内庁や霞会館に現存していない.さらに,一柳家の系譜がまとめられている『一柳家史紀要』にも,満喜子の名前は登場しない.

伝記に類するものとしては,満喜子自身の手による『教育随想』所収の「辿り来し道をふりかえりて」やグレイス・フレッチャー(Grace Nies Fletcher)のThe bridge of Love(アメリカでの書名,イギリスではLove is the Bridge)がある.

「辿り来し道をふりかえりて」は,満喜子が自分自身について語った唯一の文章である.また,The Bridge of Loveは,ボストンのジャーナリスであつたグレイス・フレッチャーが1966年4月5日に来日,約一ヶ月にわたり一柳邸に滞在し満喜子本人からの直接取材を含めて関係者からメレルと満喜子について取材し,執筆されている.グレイス・フレッチャーが執筆に取り組むこととなったのは,1965年に満喜子が渡米し,11月16日にニューヨークの出版社E.P.Dutton & Co.,INCを訪れた際,「メレルの生涯は誰かに書かせ,広く読ませねばならない」と出版社がグレイス・フレッチャーを満喜子に紹介したことによる.

主にメレルに関する内容で大半が占められているものの,日本国内での出版が前提ではなかったためか,満喜子の生家での出来事をはじめ,近江兄弟社関係の出版物,また講演などで語られることのなかった極めて私的な内容も記されている.The Bridge of Loveはこれまで一度も日本語に翻訳されることはなかったが,現在,平松隆円を中心に翻訳出版の準備がすすめられている.


新制学校制度になってからの高校第三期卒業生たちが,『忘れられない教育者一柳満喜子先生の思い出「満喜子先生ありがとう」』を2006年に出版している.ここでは,第三期卒業生たちが満喜子の思い出をつづっており,断片的に語られるのみであった学校での満喜子の姿を知るうえで,貴重な史料といえる.

戦前,満喜子に接していた吉田悦蔵はその著書,『近江の兄弟ヴォーリズ等』のなかで満喜子について,何も書き残していない.
満喜子についての研究報告は,佐野安仁の「一柳満喜子の教育観」,石井紀子の「Constructing Christian Brotherhood: Makiko Hitotsuyanagi Vories and Her American Mentors」,奥村直彦の「ヴォーリズ夫妻の教育思想と「近江ミッション」教育事業の展開」のみである.

佐野安仁は『教育随想』を史料に満喜子の教育観を論じ,石井紀子は日米女性文化交流の立場から満喜子とメレルの国際結婚を題材にキリスト教とジェンダーについてまとめ,奥村直彦は主としてメレルに関心を置きながら,The Bridge of Loveを史料にヴォーリズとの関係のなかで部分的に満喜子を取り上げる程度である.ゆえに,いずれも満喜子に関する総合的な研究とはいいがたい.
このように,研究がほとんどおこなわれてこなかったこともあって,満喜子については,なお不明な点が多い.


そのためか,現在の近江兄弟社学園においてさえ,その創立者が満喜子であるにもかかわらず,事実と異なる言説もみられる.

だが,メレルは教育事業には深く関わらなかった. メレルに代わって,教育事業を担ったのが満喜子である.

賀川豊彦は,1923年の時点ではっきりメレルが教育事業をおこなってこなかったことを指摘している.
 
また,賀川豊彦は満喜子について「聡明」とだけ記し,詳しくは語らなかった.
満喜子に関する研究は,たんに一人の女性の生涯を検証するにとどまるものではない.近江ミッションにおける教育事業はもちろんのこと,メレルの人的交流における満喜子の役割など,これまでのメレル研究では検討されてこなかった領域における新たな知見の提供が可能となる.一般的には,メレルが日本の建築や戦後の天皇制に影響を与えたといわれている.しかしながら,メレルの事業を人的にも経済的にも支えていたのは,満喜子にほかならない.その意味において,満喜子について検討をおこなうことは重要である.

そこで,本研究では満喜子の生涯について,特に彼女が近江兄弟社で担った教育事業に焦点を当てて概観し,満喜子研究だけではなく新たなメレル研究への萌芽としたい.



【資料】
平松隆円 2008 日本研究,国際日本文化研究センター(編),角川学芸出版,第37号,pp.201-245









The Bridge of Love: The Story of a Marriage Than Inspired a Country
著者: Grace Nies Fletcher,監訳: 平松隆円

"The Bridge of Love: The Story of a Marriage Than Inspired a Country"の翻訳を試みております.現在,翻訳は終了し,内容の確認と注釈をつける作業に取りかかっています.刊行まで,もうしばらくお待ちください.

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メトロセクシャルと男性化粧

最近,若い男性のあいだで化粧が一般化しつつあります.

でも,「男が化粧なんて」という方は少なくないのではないでしょうか.

それは,きっと性役割観(社会的につくられた性に対する意味づけ)に,男性への化粧期待が入っていないからです.

これまでは,「男は顔じゃない」と言われてきました.

ゆえに,顔を気にすることは男性のすることではないとする価値観の中で育ってきた世代にとっては,男性には心や肉体的な強さを求め,男性化粧などは考えられず,「軟弱そのもの!」でしかないのではないでしょうか.

そのため,お姉キャラの芸能人(山咲トオルや仮屋崎省吾など)の登場と関連して男性の化粧理由に,男性の「女性化」,つまり女らしくなった男性の増加をあげる人も少なくありません.

ところが,平松らが2003年に男子学生について調査したところ,「男らしさ」の高い人ほど化粧をよく行っていることが明らかになりました.

つまり,「女らしい」男性の増加とは裏腹に,「男らしい」男性ほど化粧をしているのです.

この理由として,一つには化粧による「男らしさ」の表現があると考えられます.

女性が化粧で女らしさを表現するように,男性も化粧で男らしさを表現すようになってきたのです.

「METROSEXUAL - メトロセクシャル」という言葉をよく聞きます.

彼らは,新しい「男らしさ」を実践しているのではないでしょうか.

確かに,ジムで身体を,読書で心を鍛えるよりも,化粧でサラサラ髪やスベスベ肌にしたり,きりっとした眉を描いた方が手っ取り早く,また見た目にも「男らしさ」は伝わりやすいのかもしれません.



【原著】
平松隆円 2005 化粧をする男性の心理,コラム 顔と心と体,フェイシャルセラピスト協会会報誌,3,p.5


  
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January 03, 2001

聖書世界の美粧 -神とイエスの化粧-

はじめに
歴史的にキリスト教社会では,慎ましく謹直な生活態度が規範とされてきたといわれる.

そして,化粧などで美しく身を飾ることを大きな罪としてとらえ,自然のままの姿でいることを善とする思想がキリスト教社会の主流をなしている.

このことは,各時代のキリスト教聖職者たちの言葉などから,知ることができる.

これについては,村澤先生たちが翻訳されたリチャードコーソンの『メークアップの歴史』が詳しい.

例えば,ミラノの司教アンブロシウスは,「化粧をすることは詐欺行為である.化粧は人をだまし,惑わす.そしてあなたの創造主をも不愉快にする.神は自らが造られたものが傷つけられるのがわかるのだ.神の造られた顔を捨て,売春婦のような顔にしてはならない」と述べている.

しかしながら,キリスト教の聖職者や各時代に出版された書物すべてが化粧を必ずしも非難し,禁止しようとしていたわけではない.

15世紀,説教師ラ・マルカのジャコモは「結婚相手を探す適齢期の娘やひどい身体障害に悩む女性」には化粧をすることを認めているし,ロバート・コドリントンは聖書のどこをみても化粧を罪としてことさらに禁じている道徳上の指示はありませんと述べ,ジェレミー・テーラーは,「女性たる者は,男性の快楽のため神によって造られ,デザインされたものである.もしそうであるならば,女性が,作られた目的を全うするように努力することは,女性の努めであり,義務であることは確かである」と述べている.

聖書は,キリスト教における信仰と生活の規範である.

その聖書にもっとも忠実であるべき聖職者たちが,民衆にキリストの教えを伝え,そして,聖書を解釈した結果,化粧を否定・批判しているはずである.

実際のところ聖書にはどのように化粧が表現されているのでろうか.

本研究では,キリスト教における信仰と生活の規範である聖書を読み解くことで,聖書世界の人々の美粧,特に化粧に焦点をあて,キリスト教社会での化粧に対する認識について考察したい.



聖書とは何か
聖書は,一つの物語からなる書物ではない.

聖書は,有名な創世記「初めに,神は天地を創造された」という天地創造の物語から始まり,ヨハネの黙示録「主イエスの恵みが.すべての者と共にあるように」で終わる,大きく分けて旧約聖書39巻と新約聖書27巻の全66巻から構成される書物である.

聖書は,多くの著者たちによって書かれ,何世紀にもわたり編纂されており,現在の形になったのは,旧約聖書は西暦90年頃,新約聖書は397頃といわれている.聖書の各物語にはある共通の主題が存在している.

すなわち,「神が人類の救いを計画し,その救いをキリストにおいて実現した」である.

聖書は神の言葉であり,聖書が書かれた目的は「あなたがたが,イエスは神の子メシアであると信じるためであり,また,信じてイエスの名により命を受けるためである」とされている.

そのため,聖書はキリスト教を信ずる人々にとっての信仰と生活の規範のよりどころとなる.

すなわち,聖書はたんに宗教上の教義としてだけではなく,キリスト教を信仰する人々の倫理観・道徳観と関連し,日常生活に影響を与えることとなる.



化粧の記述
聖書において,化粧そのものに対する記述は極めて少ない.

と同時に,聖書における具体的な化粧否定の記述についてもほとんどみることができない.

例えば,テモテへの手紙気砲いて,「婦人は慎ましい身なりをし,慎みと貞淑をもって身を飾るべきであり,髪を編んだり,金や真珠や高価な着物を身につけてはなりません」と表現されているが,これは化粧に対する全面的否定ではない.

「つつましい」という適度な化粧は認めており,主や神やイエスによる否定ではない.

にもかかわらず,キリスト教社会では長きにわたって化粧が否定・批判され続けてきた.



化粧の奨励
では逆に,化粧を奨励しているような言葉は聖書にはないのだろうか.

旧約聖書に,「私は,野の若草のようにお前を栄えさせた.それでお前は,健やかに育ち,成熟して美しくなり,胸の形も整い,髪も伸びた.だがお前は裸のままであった.その後,私がお前の傍らを通ってお前を見たときには,お前は愛される年頃になっていた.そこで私は,衣の裾を広げてお前に掛け,裸を覆った」「私はお前を水で洗い,血を洗い落とし,油を塗った.そして,美しく織った服を着せ,上質の革靴を履かせ,亜麻布を頭に被らせ,絹の衣を掛けてやった.私はまた,装身具をお前につけ,腕には腕輪,首には首飾りをつけた.また,鼻に飾りの輪を,耳には耳輪を,頭には美しい冠を被らせた」とある.

新約聖書には,「断食をするとき,頭に油をつけ,顔を洗いなさい.それは,あなたの断食が人に気づかれず,隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである」とある.

エゼキエル書における「私」とは,主である神のことであり,「お前」とはエゼキエルのことである.

神である私は,胸の形も整い,髪も長く伸び,成熟して美しくなったエゼキエルが裸であることが耐えられなかった.

自分の似姿であるアダム,そしてイブが裸であることには気にする様子がなかった神が,なぜエゼキエルの裸が耐えられず,その裸を自らの手で覆ったのか.

神の心境の変化を聖書から読み取ることはできないものの,エゼキエルに油を塗り,美しい着物を着せ,美しい装飾品で着飾らせたのは誰でもない神自身なのである.

新約聖書において,「断食をするとき,頭に油をつけ,顔を洗いなさい」といったのは,イエスである.

神の子であり救い主のイエスは,頭に油をつけ,顔を洗いなさいと化粧を勧めている.

もちろんこの場合の化粧とは,装飾的な化粧ではなく身だしなみ・手入れとしての化粧であるが,イエスにより化粧が勧められているのである.



まとめ
少ないながらも聖書には,化粧を勧める主張があるにもかかわらず,キリスト教社会では,化粧が否定・批判されている.化粧を一つの大罪であるかのごとく考え,自然のままであることを善であるという思想をみることができる.

聖書は,キリスト教社会における道徳観・世界観・歴史観・美術・科学など,様々なものに影響を与えている.

そして,影響を与えるためには,何よりもまずその根拠が聖書に存在しなくてはならない.

仮に,聖書に根拠がないような事柄であったとしても,聖書から発せられているようにしなければならない.

このことは,ビショップも西洋社会で罪とみなされていることの大部分は聖書とは関係がなく,ローマ帝国末期のキリスト教聖職者たちによって発案されたものであり,自己の肉欲を抑え彼らの生活を神学的議論により正当化するためであると指摘している.

化粧が聖書において明確な否定・批判がないのにもかかわらず,多くの聖職者にたちにより否定・批判されている理由を推察するには,この指摘をふまえ,化粧を批判した聖ヒエロニムスやテルトゥリアヌスたちの生活を考察すれば推測できる.

フックスによれば,特にルネサンス期の修道院は「姦淫とあらゆる悪徳の交尾場」であり,修道士は「子ができない女性も,身ごもらせられる力を持つ」,尼僧は「下半身は女郎,上半身は聖母」といった存在であったと指摘している.

彼らはキリスト教の聖職者でありながら,実は禁欲的な苦行者ではなく,活発な性生活を行っていたといわれる.

しかし彼らは,聖職者としてその地位を利用して,ただ快楽に身を浸していたわけではなく,その性生活を悩んでいたともいわれている.

このことから,キリスト教聖職者たちは,化粧により魅力的となった女性たちによって,彼らの性的欲求がかきたてられ,性行為におよぶものの,その後,自らの性行為を悔やんでいたのではないだろうか.

そして,どうすれば性的欲求が抑えられるのかを考えた結果,その方法として,彼らは女性たちが魅力的にならなければ誘惑されることもないと結論し,魅力的にならないためには化粧をしなければよいと考えたのではないだろうか.

このような図式により,キリスト教聖職者たちは化粧を否定・批判したと推察される.

しかしながら,何の根拠もなく,化粧を否定・批判するわけにはいかない.そのため,「神がご自分にかたどって創造された」という聖句を引用することにより,人の姿そのものが既に神の似姿であるため,そのままで人は美しく化粧をする必要がないという根拠を形成したのである.

そして,人工的に手を加えることは神への冒涜であるという思想とともに,キリスト教社会では化粧をすることを否定・批判してきたのである.

しかしながら,この根拠には問題があると思われる.

すなわち,もし人工的に手を加えてはならないとする主張が神の意思であり,それが正しいのであれば,人は髪を切ることも顔を洗うこともしてはならないはすである.

しかし,神から与えられた生命を維持するため,人が食物を得るように,神から得た美を維持するために化粧を行うことも必要であると考えられるからである.

マタイによる福音書におけるイエスの言葉は,そのことを意味しているのではないか.

とするならば,化粧を聖書において解釈する場合,キリスト教聖職者による論理により否定・批判するよりも,イエスの言葉を引用し,化粧を奨励した方が至当であると考えられる.



【原著】
平松隆円 2006 聖書世界の美粧,佛教大学教育学部学会紀要,佛教大学教育学部学会,第6巻,pp.161-181



  
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January 02, 2001

人物・メディア接触への個人差要因の影響

高度情報社会である今日,我々は,日常的に多様なメディアに接触している.

これまでの先行研究の多くは,メディアへの接触率やそれらと収入や住居環境など各種属性との関連性,また人物やメディアへの接触が我々の生活や意識にどのように影響を与えているかについての検討である.

例えば,豊福は,大学生を対象に情報化に対する意識を調査した結果,「情報先取り指向」「対情報自律指向」「情報収集に対するコスト意識」「情報化是認・コミュニケーション指向」「対情報消極指向」「情報発信指向」の6因子を明らかにし,男性は女性に比べ「対情報自律指向」が高く,女性は男性に比べ「情報先取り指向」「情報化是認・コミュニケーション指向」が高いことを明らかにしている.
そして,男性は雑誌やTVなどの接触が高く,女性は電話やポケットベルなどの接触が高いことも明らかにしている.

五十嵐は,大学生の情報探求性を調査した結果,「メディア情報源の活用」「対人情報源の活用」「一般的情報探求性」の3因子を明らかにし,女性は男性に比べ「対人情報源の活用」をより意識していること,およびTV,書籍,雑誌,新聞,携帯メールへの接触が高いことを明らかにしている.

萩原は,ほとんどの大学生がラジオに接触していないものの,逆にTVには住居環境(自宅/下宿)による有意差はなく日常的に接触し,TVを長時間視聴する者ほどニュース・報道番組や教育・教養番組を視聴せず,ドラマ番組やバラエティ番組を視聴すること,特に男性はスポーツ番組やアニメ・マンガ番組に,女性はドラマ番組や音楽番組により多く接触していること,また雑誌については男性は週刊誌,女性は月刊誌に主に接触し,新聞には男女ともあまり接触していないことを明らかにしている.

平松は,大学生の化粧行動や化粧意識と人物やメディアとの接触との関連性を調査し,化粧行動や化粧意識は人物やメディアの持つ積極的・消極的情報の影響を受け,それぞれ促進・抑制されていることを明らかにしている.

このような,メディアへの接触率や基本属性や意識・態度との関連を調査した先行研究は,被調査者のメディアに対する実際の行動を明らかにしており重要な知見を含む.
しかしながら,我々の行動は余暇時間や情報機器の所有率といった外的要因だけではなく,個人差要因(性格特性)といった内的要因によっても規定されるにもかかわらず,従来,我々のメディア接触と個人差要因との関連を検討した研究はほとんど見ることができない.

そこで本研究では,現在の若者のメディア接触が,どのような個人差要因により規定されているのか検討を行った.
なお,若者を調査対象者に選んだ理由として,社会人とは異なり,仕事上の必要性から情報を得るためにメディアに接触する必要がないため,社会的バイアスが低いことが挙げられる.

また,NPO法人子どもとメディアによって,1日6時間もの間も他者と言葉を交わさない子どもたちが小・中学生の調査対象者(2143名)の25%にも及ぶことが明らかにされていることから,メディアではないものの,人物接触についても同時に調査を行った.



【原著】
平松隆円 2006 人物・メディア接触への個人差要因の影響,佛教大学教育学部学会紀要,佛教大学教育学部学会,第5巻,pp.165-171




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January 01, 2001

女性をめぐる仏教 -仏教の女性嫌悪-

日本では,仏教僧は妻帯を禁じられていた.日本だけではない.世界中の僧が妻帯を禁じられ,そして,世界では今日でもなお妻帯しない僧もいる.ここでいう妻帯は,ただ結婚しないという意味だけではなく,「女犯」とされる女性との性行為はもちろんのこと,あらゆる関わりを含み,禁じられていたことを意味する.

しかし,ここで思い出したい.若き日のブッダであるゴータマ・シッダールタ(一般的には,出身部族の名をとってシャカと呼ばれる:以下,シャカ)はヤショーダラと結婚し,ラーフラという子どもがいた.つまり,妻帯し,女性と性的な交わりがあったのである.それが後には,悟りを得るため,あらゆる煩悩を絶つための手段の一つとして,妻帯や女性との性行為を禁じるようになったのである.それだけではない.彼は,女性が仏教教団に入ることも嫌ったという.

シャカは,古代インドの身分制度を否定し,人間の平等性を説き,平等社会の実現を目指したはずである.にもかかわらず,なぜ彼は悟りを得るなかで女性を避けたのか.

我が国において,女性と仏教の関係に注目され,その研究が盛んとなったのは,一九八〇年代に入ってからである.主に,歴史学,国文学,民俗学に立場から研究がすすめられ,『女性と仏教』という書物も刊行された.しかしながら,仏教学の立場から,いや仏教者が仏教における女性の存在に注目した先行研究はほとんどみられない.

そのため本研究では,仏教的観点から検討することで,新たな女性と仏教の関係を明らかにしたい.

【発表】
平松隆円 2007 「女性をめぐる仏教-差別から救済まで-」日本仏教教育学研究,15,pp.108-116





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日本仏教における僧と稚児の男色

は じ め に
『稚児乃草子』という,京都醍醐寺に蔵される絵巻がある.
その内容は,年老いて陰茎が立たなくなり挿入できなくなった僧を不憫に思い,尻の穴を拡張するよう努力した稚児の話など,5つの物語からなる僧と稚児との男色物語である.
仏教では,僧は女性と交接を持つことを「女犯」として禁じられ,そのため僧は男性,とりわけ稚児を交接の対象としてきた.
なぜ,僧は女性と交接を持てないという理由で,稚児と交接を持っていたのか.肉体的に男女差の少ない少年である稚児を,女性と同じように化粧をさせ,女性の代替としてその穴を犯していたのか.
もしくは,稚児という力弱くしなやか者に欲情するのが,男である僧の性なのか.
本研究は,仏教的視点から僧と稚児との男色の構造を明らかにしていきたい.


仏 教 と 男 色
「生男の若年を夜の御座にめされて,回門ぐちをぬらし給ふ元祖上人は,たれやらんぞと聞ば,実か虚言か,弘法大師の御さく也とかや」
「若道の元祖弘法大師へ御礼申さんと」
「衆道の元祖はしらね共,先近代あまねく万民にひろめたまふはありかたくも.弘法大師なり」
「日本にては,弘法大師,這道の御開基たり.一休和尚の詩に,大聖文殊元開闢」
男色について,江戸時代では文殊菩薩が発見し,空海が日本に伝えたというのが一般的であったようである.しかし,これに異を唱えるものもある.
「凡男色の道は,弘法大師入唐のみきり,五台山に至り,文殊師利菩薩より授かり来り,我朝にはじめたまふなんどゝいふ族あり.是大なる僻言なり」
「衆道の論.漢に是を非道といひ,変道とよふ.吾俗兄弟分の誓といひ,衆道といふ.世々女色の戒めはあれど,男色にいたりて禁なきは不審.其着する所は,愛欲頗る女色よりも重し.箴むべき事なり.諺に空海に始まるといふは誤りなり」
これらは,男色は空海が広めたものではないと否定する.
「周の穆王は慈童を愛し,菊座の名を広くし,漢の高祖は籍儒を愛して,秦の後門を破れり,尚書に頑童を近づく事なかれとあり」
「弘法大師は渡天のみぎり,流砂川に上にて,文殊と契給ひしより,文殊には支利菩薩の浮名をながし,空海師は衆道の祖師と汚名をとどめたり」
空海は,延暦23年(804年)に遣唐使船に乗り,大同元年(806年)までの2年間,唐で仏教の教えを学んだ.
空海が留学していた9世紀前期の中国では,男色が盛んであり,男娼も存在したといわれる.
空海はともかく,空海に同行した他の修行僧や留学生たちが,男色を唐という当時の日本からすれば先進国の文化を持ち帰り,広めたと考えることは十分可能であろう.
しかし,これだけを根拠とすることは難しい.
なぜなら,しばしば江戸時代において仏教は,国学者や儒学者たちから社会規範を乱すもの,社会に役に立たない穀潰しの宗教として非難されていたからである.
すなわち,国学者や儒学者が仏教を批判する場合,僧たちが行う男色を批判理由の一つとし,そして空海の名を挙げ,男色と結び付けていた.
そして,その批判が宗教家のなかだけではなく,庶民にも浸透するようになり,多くの男色文学で空海の名が取り上げられたからである.


仏 教 者 た ち の 男 色
「出家にも俗人に変はらぬ天性の水あり.此水はながす事もなくせきとめておきたるばかりにては洪水となってほとけのいましめをやぶり,女をおかす心いでくるものなり.これ大水なる時は河水堤をやぶるがごとし」
仏教では菩薩の位を持つ僧であっても,もとは武士や農民と同じ人間であり,男である.
人間である以上,性欲があるのは当たり前であり,我慢をしすぎるとかえって女犯を犯す危険が高まる.
では,どう処理すればいいのか.
「ぼんのふの悪水をながす衆道といへる大河をこしらへ,末世の沙門にこれを示す」
残った方法は一つしかない.僧は,女性ではない者,すなわち男性との交接を選びとったのである.
僧の近くにいる男といえば,同僚僧か僧の身辺の世話をする稚児しかいない.
いくらなんでも,僧同士で交接を持つわけにはいかない.
いや,持っても良いのかもしれないが,浄土往生を願い,人々を救済しようと寝食をともにする僧たちで交接があれば,いつ襲われるかわからず,おちおち修行などしていられないだろう.
それに,どんな男でも良いというわけでもない.
やはり,交接を持つからには,美しい者と交わりたいと考えるのは人間の性である.
僧は,薪取りや博打打と並ぶ醜貌の職業であった.


仏 教 者 の 身 体
今日に生きる我々は,人を見た目で判断してはいけないと思う.
しかし,それは儒教的な考え方であり,仏教的な考え方ではない.
「上品の善功徳を修すれば,一丈七尺の長身を得む.下品の善功徳を修すれば,一丈の身を得む」
仏教には,すべての事象には原因と結果があり,人間の行う善行にはよい結果としての報い,悪行には悪い結果としての報いが生じるという因果応報の思想がある.そして,美醜は前世での善行や悪行の因果であり,容貌が美しいということは前世での行いが善いことの現れと考えられるようになり,美は,尊ぶべきものと考えられるようになっていく.
醜貌でこの世に生を受けた者ならば,少しでも美貌になりたいと思うのは当然であろう.
そして,現世での美醜が前世での善行や悪行に原因があるのなら,この世で少しでも多くの善行を積み,来世こそは美貌に生まれ変わりたいと願うはずである.
そのためには,貴族や武士や農民でいるよりも,出家し僧となり菩薩の位をえたほうが手っ取り早いに違いない.
そう考えるならば,僧に醜貌が多かったという指摘もうなずける.
いや,多かったというよりもむしろ,醜貌者を僧にさせるという社会的背景があった.
明恵は彼の父が明恵の容貌が美しいことから平重盛に仕えさせようとしたところ,美貌のため僧となれないのであればと,焼いた火箸により顔を焼こうとしたり,縁から落ちたりして,醜貌になろうとしたという.
そんな,醜貌の僧が大勢いるなかで召し使われ,身辺の世話をしてくれる稚児が美しかったら.
その羨望の眼差しは,外見的な美に対するものだけではなく,前世の功徳の結果としての美への憧れとして注がれ,そして自らは持ちえないものに対する欲へと変化していくことであろう.
醜貌である僧は,美貌である稚児と交接を持つことで,稚児の身体の中に乗り移り精神的に一体化し,前世の功徳としての美を得ようとしていたのではないだろうか.


稚 児 と は 何 か
寺院で召し使われる稚児には,皇族や大貴族の子弟が見習いで寺に預けられる者,中流貴族の子弟で預けられる者,庶民階級が美貌など一芸により雇われる者の3つがあった.
そしてこのうち,皇族や大貴族の子弟以外の者が僧の交接の対象となる稚児となっていた.
最初は,
「稚児にとりたて剃髪いたせ,まづ卿名と申候て三位中将あるいは宰相などの名を付け,四度の加行と申候て護摩あいすみ,そののち,授者,瑜伽,秘密と申す三箇の灌頂修行いたせ,次に四十以上にて阿闍梨職灌頂まで年序次第に従ひ相勤め申候と規定」
されていた稚児であったが,いつのまにか,
「そういう堂上家の子弟に対する格別なはからいも世が下るにしたがって何時となく乱れ,ただ人の子息を稚児として飼いならし」
められていくようになる.
出自がどうであれ,やはり自分の身辺の世話をさせ常にそばにおくのであれば,美しい稚児を置いておきたい.
『きのうはけふの物語』には,春秋の彼岸のときに大金を渡す約束で若衆を口説いた高野聖の話などがあり,どんなことをしてでも美しい稚児をそばに置きたいという思いが強くあったのだろう.
また,僧は美少年がいると聞けば自分の稚児とするために,人買いから買い取ったということも少なくなかった.


男 色 の 対 象 と し て の 稚 児
稚児である少年と交接を持つことは,仏教ではどのように考えられているのか.
『往生要集』には,
「悪見処と名づく.他の児子を取り,強ひて邪行を逼り,号び哭かしめたる者,ここに落ちて苦を受く」
とする地獄が描かれる.また,
「多苦悩と名づく.謂く,男の,男において邪行を行ぜし者,ここに落ちて苦を受く」
とする地獄が描かれる.
このように,本来は地獄に落ちる行為であるものの,僧は稚児を交接の対象として扱ってきた.
僧にとっては稚児との交接は,地獄に落ちてもいいほどの抑えきれない愛欲であったのか.
また,経典に角筆で「児尻舐,児尻セう,尻」と落書きし,修業中にまで稚児の尻を舐めたいと思ってしまうほどに,稚児が僧を欲情させるのか.
「我等一切の衆生の胸底に八葉の蓮華あり.この蓮華,善念起こる時は開き悪念起こる時はしぼむなり.この蓮華の中に心王大日尊すみ給う.心数は八万四千塵労門なり.是を曼荼羅ともいうなり.煩悩の炎起こればしぼみ炎消ずれば開くなり.租犯にでもあれ犯して後十二刻の程は仏神に詣るべからず.その故は煩悩の火に焼死する所の八万四千の虫の香くさし.是をば仏きらい給ふなり.天魔は是を悦びで障礙を成すなり.されば仏法僧は堪忍すべきものなり.是は浅略一分の道理なり.忍び難きときはただ沙弥と小児に付いて煩悩の火を消すべし.されば稚児は菩提山王の垂迹なり」
「我ら一切衆生観音の大慈に預りて無明煩悩を断る間過なきものなり.故に自然戒門と云ふなり.但し我ら欲しいまゝに犯すべきにあらず.もし顛倒妄想に引かれて煩悩の炎起せば犯すべし.たとえもし犯すともかくの如くこの灌頂の児を犯すべし.もし無灌頂の児を犯さば三悪道の種因となるべし.これを犯す時観音ただ想に応じ児は等覚深位の薩唾我は円の初住の菩薩と思ふべき故に初住の無明煩悩を等覚智にて断ずる意なり」
僧と稚児との間には「児灌頂」という思想があった.
すなわち,僧はたんに女性の代替として稚児と交接を持っていたわけではない.
僧と交接を持つ稚児とは,たんなる美少年ではなく菩提山王という菩薩であったのだ.
そのような菩薩である稚児との交接,稚児と肌を触れ合うということは,菩薩と交わることを意味している.
中世,『秋夜長物語』『あしびき』『上野君消息』など稚児物語と呼ばれるジャンルの物語が登場するが,物語の主題は僧が稚児との交接を通じて仏道を悟るというものである.
そして,その場合の稚児は,やはり文殊菩薩や観音菩薩の化身として描かれている.
僧が稚児と交接を持つということは,男としての愛欲を解消するという意味ではなく,菩薩の救済を得る行為なのである.
児灌頂という思想により,醜い自己を離れ美を精神的に獲得しようと,また菩薩と一体化するような感覚を得るために,僧は稚児との交接が必要だったのだ.


男 色 の 対 象 と し て の 稚 児 の 意 識
児灌頂の思想のもと,菩薩の化身となり交接によって人々,特に僧を救うことを求められた稚児であるが,では菩薩となった稚児自身は,そのことをどのように感じていたのか.
「寺院に7,8歳で引き取られ,実家からは一文半銭の出費もさせることなく育てられた.寺小姓から成人すると片付と称し,出家得度して僧になる者は,和尚様が師となり仏門に入らせて生活が保証された.僧に入門しない者は御家人・同心の株を買ってやり,将来の生計を確約する.上野寛永寺宮様の御控所へ京都から供してきた寺小姓に,お暇があるときは賜り金は50両100両の大金が授与された」
我慢さえすれば大金のお小遣いがもらえ,さらに僧にも御家人にも同心にもなれ,将来が約束されるのである.
そして,親にすれば一切の費用がかからず.子が育ててもらえる.
しかし,その内実は僧の男色の相手として子が買い取られたに過ぎない.
だが,必ずしもすべての稚児が将来を安泰に送ったわけではない.
寺院に籍を置かない正式でない僧になる場合や,僧になれず生涯を童形のまま過ごす場合も少なくなかったようである.
「行儀見習いと学習で,幸菊という独り子を寺にあげた.両親が進物品を持って法師の下に参上した.幸菊を寺の者が小穴と呼び,なんと奇妙の言葉かと両親が幸菊に聞く.この寺で下戸の別名を小穴というと答え,さもあらんと合点して寺を去った.再度夫婦で寺に参上したとき,寺の接待でしきりに酒を勧めると,幸菊の母が物知り顔で,私は全く下戸にて子幸菊は広穴ですから,酒は幸菊にすすめくださいと申した」
親は,学習や躾のための見習いと思い,また貧しさゆえに僧に救いを求めて子を寺に預けていた.
まさか,自分の子が僧の交接の相手をさせられているとは思いもよらなかったはず.
そして,稚児となった少年も,自分が僧の交接の相手であるとは親に話し難かったことであろう.
僧と稚児とその親をめぐる小咄は,稚児が親に自らが交接の相手であることを隠そうとする必死さと,それにともなう言い訳が引き起こす親の的外れな言動が面白さを引き出している.
しかし,これらは小咄である以上,僧の間だけではなく一般庶民にまでも稚児の実態が知られていたことを意味する.
とするならば,寺に預けた我が子が僧たちの性の相手となっていたことを,親たちは知っていたことになる.


お わ り に
僧にとって,稚児との交接はたんに女性と交接が持てないために,性欲の処理という意味だけで行われていたわけではない.
稚児との交接は,現世に醜貌として生まれたがゆえに僧になった者の美貌である稚児への憧れと,稚児が菩薩であるとする児灌頂の思想のもと,救済と功徳を得るための仏教的な行為として,行われていたのである.
しかし稚児は,もともと学問や行儀見習いのため寺に預けられた少年であり,仏弟子として僧の身辺の世話を行う少年である.そんな稚児たちの一部は,美貌というだけで僧に強奪され,また人買いを介して購入された者である.
稚児の発生の当初においては,菩薩の化身であるがゆえに寺院に稚児を置いていたわけではない.
また,稚児たちの男色の対象となることの打算と悲痛さは,多くの書物にみることができるものの,菩薩として喜んで交接の相手となるような文献を見つけることができない.
そのため,この稚児が菩薩の化身であり,稚児との交接は救済や功徳であるとする思想は,仏教的な思想や教義に十分に裏付けられたものではなく,女性との交接は公に罰せられるために,刑罰の対象とならない美貌の稚児と交接を持ちたいものの,それもまた破戒であり来世で地獄に落ちる可能性があるため,それを回避しようとする僧の方便の結果として生まれたと考えることができよう.
稚児が菩薩の化身であり,それゆえ稚児との交接は破戒ではなく,むしろ功徳であり救いである.
この児灌頂の思想は,女性と交接を結ぶときは如意輪観音がその女性になっているため,破戒ではなく救済であるとする親鸞の夢告とよく似ている.
児灌頂も夢告も,これらの思想は性欲を解消し交接を持ちたいという僧の切実なる願いが,仏教に付会して僧の性欲を合理化するにいたった結果,生まれたものにすぎない.



【原著】
平松隆円 2007 日本仏教における僧と稚児の男色,日本研究,国際日本文化研究センター(編),角川学芸出版,第34号,pp.89-130







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January 01, 2000

平松隆円とは

氏 名
平 松 隆 円
平松隆円 ryuenhiramatsu
専門分野
教育学,日本研究

関心領域
化粧や被服など「よそおい」の研究.


詳細な業績は,READ・産学プラザをご参照ください




略 歴
2003年3月
佛教大学教育学部生涯学習学科卒業 学士(教育学)(指導教授:井上修一
2005年3月
佛教大学大学院教育学研究科生涯教育専攻修士課程修了 修士(教育学)(指導教授:井上修一
2008年3月
佛教大学大学院教育学研究科生涯教育専攻博士後期課程 修了 博士(教育学)(指導教授:山崎高哉

職 歴
2004年4〜2004年8月
池坊短期大学 授業補佐員(TA)
2005年4月〜2007年3月
大学共同利用機関法人人間文化研究機構国際日本文化研究センター 特別共同利用研究員(指導教授:井上章一
2007年4月〜2008年3月
大学共同利用機関法人人間文化研究機構国際日本文化研究センター 共同研究員
2007年4月〜2008年3月
佛教大学 授業補佐員(TA)
2008年4月〜現在
大学共同利用機関法人人間文化研究機構国際日本文化研究センター 機関研究員(講師)
2008年4月〜現在
関西外国語大学短期大学部 兼任講師
2008年10月〜現在
京都大学ベンチャービジネスラボラトリー 中核機関研究員

所属学会
関西教育学会
社団法人日本繊維製品消費科学会
日本社会心理学会
日本顔学会
日本仏教教育学会
佛教大学教育学部学会
社団法人日本繊維機械学会
The European Association for Japanese Studies (EAJS)
ファッションビジネス学会

共同研究受託実績
日本学術振興会二国間交流事業共同研究「日中教育学対話」(代表 : 佛教大学 山崎高哉)
京都ネオ西山文化プロジェクト(代表 : 京都大学 松重和美)
性欲の社会史(代表 : 国際日本文化研究センター 井上章一)
18世紀日本の文化状況と国際環境(代表 : 国際日本文化研究センター 笠谷和比古)
性欲の文化史(代表 : 国際日本文化研究センター 井上章一)
幸田露伴の世界(代表 : 国際日本文化研究センター 井波律子)
被服社会心理学研究会(代表 : 関西大学 高木修)

競争的研究資金取得実績
2008年 メトロポリタン東洋美術研究センター 東洋美術研究振興基金(400千円)
浮世絵にみる化粧を素材とした絵師・版元・販売者の関係性解明のための予備的研究
2008年 財団法人東海冠婚葬祭産業振興センター調査研究助成(1000千円)
墓石形態を指標とした埋葬者情報調査法の開発に関する研究

2009年 京都大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー若手研究費助成(250千円)
化粧がもたらす感情調整に関する基礎的研究


受賞暦
2006年 社団法人日本繊維製品消費科学会学会賞(奨励賞)
2007年 佛教大学学術奨励賞

連絡先
連絡先2


主要論文
1.化粧に関する研究(第1報)-大学生の化粧関心・化粧行動・異性への化粧期待の構造解明-,繊維製品消費科学,日本繊維製品消費科学会,44(11),pp.58-68, 2003
2.化粧に関する研究 (第2報)-大学生の化粧関心・化粧行動・異性への化粧期待と個人差要因-,繊維製品消費科学,日本繊維製品消費科学会,44(11),pp.69-75, 2003
3.化粧に関する研究(第3報)-大学生の化粧意識の構造解明と化粧行動との関連性-,繊維製品消費科学,日本繊維製品消費科学会,45(11),pp.53-62, 2004
4.化粧に関する研究(第4報)-大学生の化粧意識とそれを規定する個人差要因-,繊維製品消費科学,日本繊維製品消費科学会,45(11),pp.63-70, 2004
5.大学生の化粧行動の実態解明と社会的スキル・性役割・自意識・他者意識との関連性,佛教大学教育学部学会紀要,4,pp.165-179,2005
6.化粧に関する研究(第5報)―化粧行動の文化化と化粧意識の社会化の一過程としての人物・メディア接触の検討―,繊維製品消費科学,46(11),pp.41-54,2005
7.人物・メディア接触への個人差要因の影響,佛教大学教育学部学会紀要,5,pp.165-171,2006
8.化粧行動許容に関わる公衆場面の構造解明とそれを規定する個人差要因,繊維製品消費科学,47(11),pp.12-21,2006
9.日本仏教における僧と稚児の男色,日本研究,34,pp.89-130, 2007
10.当代日本大学生的化行和自我概念的性,佛教大学大学院紀要,35,pp.115-126, 2007
11.聖書世界の美粧,佛教大学教育学部学会紀要,6,pp.161-181, 2007
12.公衆場面における化粧行動と自己化粧の入念度,繊維製品消費科学,48(11),pp.42-49, 2007
13. スキンケアのもたらす感情調整作用に関する研究,繊維製品消費科学,48(11),pp.50-57, 2007
14.化粧規範に関する研究―化粧を施す生活場面とそれを規定する化粧意識と個人差要因―,繊維製品消費科学,48(12),pp.59-68, 2007
15.SPPCモデルによる大学生の自己概念の検討,佛教大学大学院紀要,36,pp.77-89, 2008
16.現代における女装行動に関する文化心理的考察,佛教大学教育学部学会紀要,7,pp.211-223, 2008
17.一柳満喜子の生涯に関する一考察,日本研究,37,pp.201-245, 2008
18.POMSを用いたマニキュアによる化粧行動の感情調整作用に関する研究,佛教大学教育学部学会,第8巻,pp.107-112, 2009

著書
1.井上章一(編) 「ギャル男」のいる光景『性欲の文化史2』講談社
2.井波律子(編) 露伴と植村正久 - 露伴のキリスト教観『幸田露伴の世界』思文閣出版
3.平松隆円 『化粧にみる日本文化』水曜社


学会(口頭)発表
1.大学生の化粧意識の構造解明と化粧行動との関連性,日本繊維製品消費科学会2004年年次大会研究発表会,2004年年次大会・研究発表要旨,pp.53-54(B3),2004
2.大学生の化粧行動の実態解明とその個人差,日本顔学会フォーラム顔学2004,日本顔学会誌,4,p.174,2004
3.化粧行動と化粧意識への人物・メディア接触の影響に関する研究,日本繊維製品消費科学会2005年年次大会研究発表会,日本繊維製品消費科学会2005年年次大会研究発表要旨,pp.73-74(B15),2005
4.自己認知・評価測定尺度作成の試み,2005年社会心理学会第46回大会,日本社会心理学会第46回大会論文集,pp.52-53(04-5),2005
5.聖書世界の美粧 -神とイエスの化粧-,日本顔学会フォーラム顔学2005研究発表大会,日本顔学会誌,5,p.130,2005
6.青年期の化粧行動と自己認知・評価との関連性,関西教育学会第57回大会発表要旨集録,p.27,2005
7.仏教者の稚児への「萌え」,日本仏教教育学会第14回学術大会,pp.162-169,2005
8.公衆場面における化粧行動許容の構造,日本繊維機械学会第59回年次大会,研究発表論文集,pp.150-151(C18),2006
9.公衆場面における化粧行動を規定する個人差要因,日本繊維製品消費科学会2006年年次大会研究発表会,2006年年次大会・研究発表要旨,pp.67-68(B4),2006
10.女性をめぐる仏教-差別から救済まで-,日本仏教教育学会第15回学術大会,pp.108-116,2006
11.一柳満喜子研究?-一柳末徳の三女,W.M.ヴォーリズ夫人,そして教育者としてのその生涯-,関西教育学会第58回大会発表要旨集録,p.17,2006
12.癒しと化粧,日本繊維機械学会第60回年次大会,研究発表論文集,pp.192-193(D12),2007
13.公衆場面における化粧直し行動と化粧の入念さの関係,日本繊維製品消費科学会2007年年次大会研究発表会,2007年年次大会・研究発表要旨,pp.129-130(C10),2007
14.化粧規範に関する研究1 -化粧を施す生活場面と化粧意識の関連性-,日本社会心理学会第48回大会,日本社会心理学会第48回大会論文集,pp.114-115(04-1)
15.化粧史における時期区分への試論,日本顔学会フォーラム顔学2007研究発表大会,日本顔学会誌,第7巻,第1号,p.216(O3-03)
16.露伴と正久,日本仏教教育学会第16回学術大会,pp.173-176,2007
17.CELUXという名のラグジュアリービジネス,日本繊維機械学会第61回年次大会,研究発表論文集,pp.150-151(C21),2008
18.マニキュアを用いた化粧行動の感情調整作用に関する予備的研究,日本繊維製品消費科学会2008年年次大会研究発表会,2008年年次大会・研究発表要旨,pp.143-144(D6),2008
19.「ギャル男」とは何だったのか?,日本顔学会フォーラム顔学2008研究発表大会,日本顔学会誌,第8巻,第1号,p.206(O6-01)
20.浮世絵にみる化粧広告,日本繊維機械学会第62回年次大会,研究発表論文集,(B1-13),2009
21.公衆場面での化粧行動への社会的是非と個人差要因の関連性,日本繊維製品消費科学会2009年年次大会研究発表会,2009年年次大会・研究発表要旨,pp.77-78(B11),2009
22.化粧規範に関する研究2―社会的場面での化粧行動と化粧基準の関連性-,日本社会心理学会第50回大会,日本社会心理学会第50回大会論文集(CD-ROM版),(S15-3),2009



その他の執筆活動
1.化粧をする男性の心理,コラム 顔と心と体,フェイシャルセラピスト協会会報誌,3,p.5,2005
2.国際的・学際的・総合的研究の創造性-国際日本文化研究センター創設20周年に想う-,繊維製品消費科学,48(5),pp.69-72,2007

制作
1.個展「A lip tells 唇は語る」,滋賀県東近江市立八日市図書館,11月1日-11月14日,2003
2.公募展「第33回公募斯華書展」,上野公園・東京都美術館,1月21日-1月27日,2009

社会活動
講演「化粧する心理学」,社団法人日本繊維機械学会 企業心理と消費者心理研究会第4回公開講演会,10月27日,2006
国立民族学博物館「国立民族学博物館の共同利用に関する若手研究者懇談会」委員,2007年12月
講演「恋に落ちるのに言葉は必要!?」,京都大学ベンチャービジネスラボラトリー「ランチセミナー」,2009年2月26日
講演「化粧するこころ」,兵庫県播磨高等学校「京大知的好奇心学」,2009年5月16日

パブリシティ
メデイア掲載・外部報道は,こちらをご覧ください.



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December 31, 1990

書籍案内

化粧にみる日本文化
著者:平松隆円

女も男も,いつの時代も人は顔に手を加える.
心理と行動,文化と風俗の二つの側面から,わが国の「化粧」文化を捉えなおす初の試み.古代から現代にいたる,「化粧」をすることの意味と効果を男女問わず丹念に分析した,気鋭の心理学者による最新の社会論.(水曜社)








幸田露伴の世界
著者:池内紀,白幡洋三郎,猪木武徳,細川周平,平松隆円,佐伯順子,鈴木貞美,岩井茂樹,劉建輝

幸田露伴は,明治,大正,昭和を通じ,小説家・劇作家・随筆家等々として多彩な才能を発揮し,すぐれた作品を発表し続けた.そのおびただしい作品群は,つごう40巻の全集に収められ,日本文学史はもとより,思想史・精神史においても,非常に重要な存在である.しかし,難解であるなどの理由で,従来全面的な露伴研究がなされてきたとは言いがたい.そこでさまざまな分野の研究者が集まり,小説や評論など文学面はもろんのこと,都市・遊技・旅行・自然観察・人生論等々の著作を通じて多様な角度から露伴にアプローチしてきた.その共同研究成果を世に問うものである.(思文閣)








性欲の文化史2
著者:井上章一,梅川純代,申昌浩,劉建輝,原田信男,平松隆円,田中貴子,松田さおり

パンチラに感謝するフランス人と,平気で見すごす中国人―何に性感を覚えるかは,時代により民族により異なる.人間の性欲とは,きわめて文化的な心の持ちようなのだ.桂離宮から渋谷センター街まで,射精抑圧から女体観察まで,感じて,そそられて,満たされる,秀逸の論究集!(講談社)

性欲は,食欲とならび本能のひとつであるとされている.だが,人間の性欲には,文化によって規定されている面もある.何に性欲を感じるか,どういう時にそそられるか,は時代により,地域により,けっこうことなる.やはり本能のひとつである食欲においても,食物,食事に関する嗜好が文化差をはらんでいるのと,同じである.
この研究では,文化と性欲の関係性を,さぐりたい.とりあえずは,日本,東アジアの近代を調査対象とすることからとりかかるが,ゆくゆくは,その枠をひろげてゆくつもりである.(井上章一)








The Bridge of Love: The Story of a Marriage Than Inspired a Country
著者: Grace Nies Fletcher,監訳: 平松隆円

日本を愛し,あらゆる困難を克服して近江八幡に「神の国」の理想社会をつくるべく生涯を捧げたウィリアム・メレル・ヴォーリズ.建築家・社会事業家・伝道家としての彼は,全国に数々の有名な「ヴォーリズ建築」を遺す一方,家庭薬「メンソレータム」(メンターム)をもたらし,YMCA・病院(ヴォーリズ記念病院)・学校(近江兄弟社学園)・図書館等の設立に携わり,地域に貢献した.ヴォーリズについては、多くの研究書が刊行されている.
その一方で,妻である一柳満喜子については,不明な点が多い.そんな満喜子について語られている"The Bridge of Love: The Story of a Marriage Than Inspired a Country"の翻訳を試みております.現在,翻訳は終了し,内容の確認と注釈をつける作業に取りかかっています.刊行まで,もうしばらくお待ちください.  ENGLISH PAGE
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January 01, 1990

京都電気自動車プロジェクト (京都大学VBL)

NPO法人Kyoto-Car の設立に向けて
現在,京都大学大学院工学研究科松重和美教授をアドバイザーに迎え,京都大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー(VBL) や京都大学総長裁量「京都電気自動車」プロジェクトで行ってきた,先端技術と伝統文化・技術の融合により,京都発の環境に優しい電気自動車【Kyoto-Car】の提案・開発に向けた取組みを,実社会で検証・運用すべく,また京都から発信するエコプロジェクトを提案すべく,NPO法人Kyoto-Carの設立を目指しています.




ともに活動・協賛くださる企業・個人の方を募集しています.お問い合わせは、京大VBLまで

京都大学 ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー京都府京都市吉田本町
http://www.vbl.kyoto-u.ac.jp/









竹かご型エコカーBamgoo(バングー)



京都大と京都市などが,車体に伝統的な竹細工の技巧を応用した竹かご型の小型電気自動車を産官学で共同開発.

1人乗りで愛称は素材の竹(英語でbamboo)にちなみ,「Bamgoo(バングー)」.京都産の真竹45本を、長さ2メートル、幅1センチの薄い竹板900本に加工し、竹細工の職人が1カ月がかりで編み上げた.



Researchers at the Kyoto University in Japan knew that hardness and light weight are the main ingredients of an eco car. So they have simply used Bamboo to develop a single-seat electric car dubbed “BamGoo”. The single-seat car was displayed in Kyoto City, western Japan. The 60-kg electric car can run for 30 miles on a single charge.








電動でアシスト、人力車


産学連携で電気自動車の開発に取り組む京都大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリーは、坂道も楽に上れる「京都風電動アシスト人力車」を開発.

車体には京友禅の模様をあしらった.オートバイ部品を手掛けるサンスター技研が自社の自転車用アシストユニットを人力車用に改良し,力を感知するセンサーや下り坂でも安全なブレーキを開発.嵐山などで人力車による観光案内をする「えびす屋総本店」が車体を貸与し,テストに協力.京友禅のジャパンスタイルシステムが車体に友禅の柄を描いた.






購入希望などのお問い合わせは、京大VBLまで

京都大学 ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー京都府京都市吉田本町
http://www.vbl.kyoto-u.ac.jp/






京風エコカー試作機


京都大と日米のベンチャー企業8社が共同開発し,車体のほとんどが木製で座席やドアに竹が素材の伝統工芸を取り入れた電気自動車の試作車が完成.

1人乗り,リチウムイオン電池約170個と蓄電器を組み合わせて動き,家庭用コンセントで10分間充電するだけで約10キロ走る.最高速度は時速50キロ.







漆と友禅模様のミニ電気自動車


外装に京漆塗りや京友禅の模様を施した実物の10分の1の電気自動車を公開.外装は伝統的だが,内部はロボットに採用されるモーターや電子部品を搭載した最先端の自動車.








京都大学 Kyoto-Car PROJECT




Kyoto-Carプロジェクトでは,ナノテク・材料・情報分野等の多様な最先端関連技術を導入し,伝統文化や特徴あるデザインとも融合し,まず都市型ユーズを優先するなど,実用者の早期普及を目指します.

その実現のため,これまでの一自動車企業(系列)では出来ない最高性能の構成部品の集積や給電設備の社会インフラ整備を,大学,京都を核に国,自治体,関連企業,さらには海外の大学・政府,企業とも有機的に連携して,最も望ましく,実用的な電気自動車の早期の開発促進を世界規模の取り組みとして展開していきます.


京都大学 ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー
京都府京都市吉田本町
http://www.vbl.kyoto-u.ac.jp/



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