人は,様々な場面で化粧を行う.だが,それは常に一定の化粧行動ではない.
雑誌などのファッション特集をみてみると,週の始まりはきりりラインメイクで仕事モードに切り替える,結婚式のお呼ばれ美女増しヘア,恋を叶えるスイートメイク,オフィスでは色味を抑え上品な仕上がりに,などの場面によって異なる化粧行動が提案されている.これは,たんなる化粧の流行としての提案ではなく,その場面にふさわしいと考えられる化粧行動の提案である.
人々が,社会的な場面で暗黙のうちに化粧行動を規定する何らかのルール,すなわち,社会や集団において個人が同調することを期待されている行動や判断の基準である「規範」を共有していることを示している.それはいわば,被服において人が服装を選ぶときの基準として「着装規範」があるように,化粧において人がどのような化粧をするかを選択する基準としての「化粧規範」の存在を意味している.
我が国では,中川や被服社会心理学(SPC)研究会などの一連の研究により,着装規範については多くの知見が積み重ねられている.例えば,人々が様々な生活場面で着装する衣服を選択するさいに考慮する基準を,着装基準ととらえ,衣服が生活場面で果たす機能により,各場面にふさわしいと思われる基準に従って衣服を選択して着装していること,日常の生活場面を『フォーマル』『セミフォーマル』『インフォーマル』の3場面に分け,場面に応じて『個性・流行』『実用性』『社会的調和』の3基準を使い分けて着装行動を行っていることが明らかとなっている.
しかしながら,従来,化粧に関する規範研究は行われておらず,関連する研究として日比野らの研究があげられる程度である.
日比野らは,女子大学生364名を対象に,社会的場面でどの程度入念に化粧を施すか調査を行った.その結果,化粧が入念に施される程度が高いのは,異性との対人相互作用が行われる場面や化粧品販売や洋服販売などの対面販売場面であった.しかしながら,同じく対人相互作用場面である高齢者や心身障害者,幼稚園児と接する場面,また同じく対面販売であっても食料品の販売では,化粧の入念度が低くいことが明らかとなった.すなわち,化粧が促進される場面と抑制される場面が存在し,人々は場面によって化粧の施す程度を調整している.
化粧行動を規定する「化粧規範」は,場面はもちろん,行動の対象である他者,性別や個人差要因によって,様々に規定されるであろう.したがって,化粧が施される場面や考慮される基準を構造化し,性別や個人差要因などの関連を分析することによって,化粧規範に関する総合的な検討が必要である.
そこで本研究は,社会的な場面での化粧行動を規定する「化粧規範」の解明に向けて,次の2点について男女の違いを明確にするとの意図のもと,男女を比較しながら検討を行った.
まず第1に,松井らによると,化粧は変身願望,創造的楽しみ,周囲への同調,社会的役割の適合などが目的とされる.平松・牛田が,化粧にどのような意識を若者がもっているのかについて検討を行ったところ,『魅力向上・気分高揚』『必需品・身だしなみ』『効果不安』の3つの化粧意識が明らかとなった.この結果は,若者が自己に向けた対自的な意識だけではなく,他者との関係に向けた対他的な意識により,化粧を行っていることを意味している.したがって,日比野らによって,化粧が入念に施される場面と対人相互作用の高低との関連が指摘されていることから,特に化粧に関する対他的な意識が,化粧を行う場面や程度についても規定していると仮説した.
そこで,様々な生活場面での化粧行動が,どのような意識のもと行われているのかを明らかにするため,化粧を施す生活場面を規定する化粧意識ついて検討した.
次に,これまでの化粧の研究では,個人差要因との関連が検討されている.例えば,男女共通して公的自意識が高い者ほど化粧関心や化粧行動を示すこと,男性では外的他者意識が化粧意識を,女性では公的自意識や外的他者意識が化粧意識を規定することが明らかとなっている.また,着装規範の研究においても,個人差要因との関連が検討されており,公的自意識が着装規範を規定することが指摘されている.そのため,化粧を施す生活場面についても,個人差要因,特に自己や他者の外面への意識である公的自意識や外的他者意識により規定されていると仮説した.
そこで,化粧意識だけではなく個人差要因がどのように,化粧を施す生活場面を規定しているのか検討を行った.
【原著】
平松隆円・牛田好美 2007 化粧規範に関する研究 ―化粧を施す生活場面とそれを規定する化粧意識と個人差要因―,繊維製品消費科学,社団法人日本繊維製品消費科学会,第48巻,12月号,pp.59-68 ENGLISH PAGE